大和は本当に世界一の戦艦だったのか




中学生の時、押し入れに米独の戦車33台と兵隊250人を展開し、写真部の中村君に手伝ってもらい爆竹を使って特撮するほど戦争にはけっこう深いBOZZです。
さて、私は今ハワイの真珠湾にいます。

 






戦艦ミズーリ(アイオワ級)に乗船してきました。全長は270メートルで、日本が誇る戦艦ヤマトより7メートル長いです。知り合いに話すと「え!大和より大きな戦艦があったの?」これ、意外に知られていない事実です。しかもアメリカは同等の戦艦を4隻も保有していました。詳しいウンチクは省略しますが主力砲塔の性能は少し大和が上ですがほぼ互角です。ただし速射能力はミズーリがかなり上でしたから1対1で撃ち合ったらミズーリに分があったのではないかと思います。

 

 

 

それよりも、大和の速力が27ノットに対してミズーリは33ノット。1ノットは時速で1.85なので、ミズーリが10キロほど速かったということになります。つまり、追撃戦では大和が圧倒的に不利なのです。
大和は何の輝かしい戦績も無く、儚い生涯でしたが、このミズーリは硫黄島や沖縄で艦砲射撃の中心を担いました。瀬戸内海や北海道の室蘭など、数多くに出撃しています。この9門の主砲や副砲で、一体どれだけの日本人が犠牲になったのでしょうか。その後の朝鮮戦争や湾岸戦争も従軍しています。同じ戦艦で命運がこうも違うとは。












甲板には、沖縄沖でミズーリに特攻して戦死したゼロ戦の兵士とその家族の写真が飾ってありました。
この狂気を作り出すのは、ほんの一握りの人間です。

 

 







ミズーリの艦上で、日本は降伏文書に調印しました。今と同じ暑い夏の出来事です。

 

 

 

 

 

渡邉文男(BOZZ)

 

 

 

 


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