四年まえの秋、一人の行方不明者を追いかけ、調査員二人とともに
石川県加賀市の片山津温泉に宿をとったときのことである。
その行方不明者は自殺の恐れがあった。遺書を自宅に残し、
妻子を残して忽然と消息をたった。
失踪当日、夫(四十七歳)の様子は、普段となんら変わりなかった。朝、
出勤するかのようにスーツ姿でビジネスバッグを持ち、いつものように
ゴミ袋を外に出していた。
しかし夜になって、奥さんがベッドの枕もとにあった遺書を発見した。
彼女はすぐに自分の父親に相談し、私のもとに捜索依頼をしてきた。
自殺の動機は、お決まりの「何もかもがいやになった、死にたくなった」
である。会社で上司にせめられ、家では空気のように扱われ、
自分の存在理由とは何かを問いかけた結果、このような単純明快な
答えに帰着してしまったのだろう。こうしたサラリーマンは驚くほど多い。
失踪から自殺に至るまでの平均生存期間は、一週間前後である。
自殺はためらい、迷いながら命を絶つものだ。あちこちの名勝に出向いて
物思いにふけったり、旅館でそれこそ死んだように何日も眠る。
そこから生まれる、どうしようもない脱力感が死の導火線になるのだ。
「もう引き返せない」と・・。
よって探偵は失踪者が生死をさまよっている一週間のうちにケリを
つけなければならない。
私は、その男の飲食と宿泊過程を割り出し、最終的にJR北陸本線を
利用したところまでの足取りをつかんだ。沿線には、金沢などの
有名な観光都市もあるが、何にも増して、自殺の名所『東尋坊』が
控えている。ここでは、年間何人もの人が、飛び降りや首吊り自殺を
するという。しかし、所轄の三国警察署は、その数字を公表すると
自殺者が増えるために正確な数字を言わない。私も、一探偵として
三国警察署にはたいへんお世話になっているから、
ここは伏せることにする。
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