|    同じころ、井上伸一(三十歳)は山城温泉にいた。聞き込みに疲れ、田んぼ道の石に腰をおろし、タバコをふかしていた。すると、山から下りてきた地元の人らしき
 おじさんが話しかけてきた。
 「観光の人か?じゃあ、この先にある四十九院橋を渡るとき、ぜったいに振り向いちゃ
 だめだに。幽霊が手を振るで・・・・」
 そう言ってニヤリと笑うと、通り過ぎていった。
 いきなり怖い話をされて、彼の体は一瞬凍りついてしまったが、なぜ幽霊が
 手を振るのか、その理由を聞かなかったことを悔やんだ。そうなると逆に知りたい
 気持ちが強くなるものだ。彼は、わざわざその橋を探して歩き出した。
 杉の木が鬱蒼と生い茂る森の中に、鍾乳洞を削って作ったような古い隧道がある。
 頼るのは懐中電灯の光だけ。途中で引き返そうと思うくらい薄気味悪かったが、
 好奇心旺盛な彼はそのまま歩き続けた。
 隧道を抜け、しばらく歩くと地蔵堂が見え、その先に問題の橋があった。
 かなりの年代物で、欄干に『四十九院橋』とある。よくよく考えてみると
 『四十九』は死者の霊を弔う日のことだ。何か共通点があるのだろうか。
 奇怪な名まえをつけたものだと彼は思った。
 
 「霊を送る橋という意味なのか。だからおじさんは振り向くな、と言ったのだろうか・・・」
 思案を巡らせながら、橋を渡っている途中、
 「待てよ、帰り道もこの橋しかないんだから、戻るということは、振り返りたくなくても、
 振り返るのと同じ・・・」
 そう思うと、急に寒気がしてきた。あたりは、都会の闇夜とはくらべものにならない、
 正真正銘、漆黒の闇夜である。
 
 彼は橋を渡りきると、思い切って振り返った。
 
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