恐る恐る見上げると、そこに立っていたのはS課長と遺族だった。 S課長は、「何してるの?」と、呆れた顔で私を見た。慌てて壁を見ると、幽霊は いつの間にか消え失せていた。相当の恐がりだと思われてしまったが、幽霊を見た といっても釈明にはならないだろう。 私は、遺族にひと通りの事件の経過を説明し、霊安室で彼女と対面させることになった。 気を落ちつけて、遺族のあとに続く。 同行した医師が、彼女の顔にかかっている白い布を取った。 そこで、また悲鳴を上げそうになった。閉じた目から、一筋の涙がほおを つたっていたのである。 医学的に解釈すれば、腐乱が急速に進行したためと片付けるだろう。しかし、 さっき現れた幽霊の目が瞼に焼きついている私は、「たしかに泣いていた」と確信した。 彼女は、人生の一番いい時期に死んでしまったことが、信じられなかったのだろう。 その上、肉体を陵辱され続け、魂が昇華されずに地上に残ってしまった苦しみに 耐えられなかったにちがいない。 後日、この病院の霊安室周辺に、全裸女性の幽霊が出るとの噂がたち、警備員はおろか 医師までもが怖がって近寄らなくなったらしい。 苦肉の策として、地下全体に強力な照明が設置されたが、その幽霊は、かわりに夜中の 病棟に出没するようになったという。 |
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