●更新日 03/05●
一途な恋の果てに
実家で薬局を営むNさんは、幼馴染のTさんが子供の頃から大好きでした。
Tさんの家はNさんの薬局の真向かいにある乾物屋。Tさんは美人の看板娘として、近所でも昔からかなりの評判。
Nさんは子供の頃から内気な性格で、そのことに人一倍コンプレックスを持っていました。そのため、Tさんに自分の思いを告げることができないまま月日だけが流れて行ったのですが・・・
やがて二人はそれぞれ結婚し、家庭を持ちました。Nさんの妻との出会いは、彼の両親が設定したお見合い。Nさんの内気な性格では、普通の結婚は難しいと考えたから。
Nさんの家庭生活はそれなりに円満でしたが、彼は相変わらずTさんを誰よりも愛し続けていました。毎朝、Tさんがシャッターを開けて店の前を掃除しに出て来る時に会えるように、Nさんは朝早くから店の外に出ていたのです。Tさんが太り始めたのを気にして早朝のマラソンを始めると、Nさんも早起きして新聞を取りに来たふりをしながら毎日顔を合わせました。
Nさんの最大の幸せは、朝一番にTさんから「おはよう」と声をかけてもらうこと。声をかけてもらい彼女の笑顔を見ることが、毎日のこの上ない楽しみだったのです。
そんな平穏無事な生活が、ある日、突然崩れます。
真夜中にTさんの店の前あたりで、「ガシャーン」という大きな音が響きました。あまりの大きな音に驚いて、シャッターに何か衝突したに違いないと思い、慌てて寝室の窓から外を見たTさんは言葉を失いました。
そこにあったのは、全身火達磨になったNさん。
灯油をかぶり、自分の体に火をつけてシャッターに突進したのです。
子供の頃から告白できないままだったNさん。Tさんへの思いが極限まで高まっていたNさんには、これが唯一の表現手段だったのでしょうか。
後にNさんの部屋から一通の遺書が発見された。そこには、Tさんに対するNさんの一途な思いが記されていました。子供の頃から誰よりもTさんを愛してきたこと。その思いを告げられない弱い自分。Tさんを他の男にとられてしまった悔しさと憎悪。
この件でショックを受けたTさんは精神的に病み、長期の入院を余儀なくされました。Tさんの妻も真相を知り、一家離散。生涯をかけた一途な恋心が招いたのは、Nさんの死と周囲の人々の不幸―――
西垣 葵
|