母親らしき人影と小学三年生くらいの男の子が、前を見つめたまま寂しそうに
たたずんでいる。
 思わず手を合わせお経を唱えた。すると親子は立ち上がり、岸壁のほうに歩き出した。
 そして母親は子供を抱え上げると、真っ暗な海めがけてパッと飛び下りた!
 私はアッと声を出す以外、なすすべがなかった。恐ろしさのあまり、
心臓が喉から飛び出しそうだ。あれは幽霊だ。直感でわかる。私はふたたび、
一人で来たことを後悔した。
 ベンチ横の、自殺防止用の公衆電話(命の電話)にはいり、宿泊している旅館に
電話をかける。二人が帰っていたら呼び出そうと思ったのだ。しかし、いくら十円玉を
入れても落ちてしまう。壊れているのか?
 プルーッ、プルーッ、どこかにつながった。でも、なぜつながるのか?私はダイヤルしていない!
 『・・・シク・・・シク・・・シク・・・』
 受話器の向こうから、女のすすり泣きが聞こえてきた。霊界とつながったのか・・・。
私の体は、氷の柱のように動けなくなった。
 追い討ちをかけるように、誰かの手が右足をつかんだ。