●更新日 03/05●
刑事と探偵と妻を探す男(前編)
「先ほど、刑務所から出てまいりました。」
その日、訪ねてきた相談者の男性は、開口一番そう言った。
それはそれは。たいへんお疲れさまでした。で、今回はどういったご相談で?
妻の行方を探してほしいのです。
刑務所を出て家に帰ると、妻と子供は引っ越しておりまして、私は連絡先を知りません。
服役中に連絡はなかったのですか?
まったくありませんでした。拘置所でも刑務所でも、面会に来たこともありません。
刑務所に入る前、裁判所で会ったのが最後でした。
そうですか。それは冷たい奥様です。傍聴席から「さようなら」とは。
いえ。妻がいたのは原告の席です。
……奥様が訴えたのですか?
はい。
失礼ですが、どのような罪状で?
暴行傷害罪です。私は少々気が短いもので、妻とはよく夫婦喧嘩をしておりました。
そういう時は、落ち着いて話合わねばなりません。
はい。落ち着いて話し合おうとするのですが、どうしてもうまくいきません。
そんなわけで、喧嘩の度に妻に暴力を振るっておったのです。
しかし、ある日、妻が警察に訴えまして、そのまま暴行傷害罪で刑務所へ行ってまいりました。
そうですか。
そうです。
で、どういったご依頼でしたっけ?
妻の行方を探してほしいのです。
探してどうするのです?
落ち着いて話し合おうと思いまして。
お断りいたします。
奥さんに逃げられたのは気の毒だとは思うが、その原因が、さんざんなDV(ドメスティックバイオレンス:家庭内暴力)となると、仕方のないことだろう。
言ってしまえば「身から出た錆」。自業自得だ。
なにしろ、DVが過ぎて刑務所にまで行ってしまった男の事だ。
再び奥さんに会えば、また手をだしてしまうのは分かりきっている。
いくらなんでも暴力沙汰の片棒を担ぐわけにはいかない。
事務所の窓から外を見ていると、依頼を断られた男が歩き去って行くのが見えた。
(悪く思わないでくださいね……ん?)
おかしなことに気がついた。
歩き去る男の後を、数人の男性がついてゆく。
どうやら男が出てくるのを待ち受けていたらしい。
(……刑事か。)
「警察臭」とでもいうのだろうか?
警察関係者には独特の雰囲気があるものだ。特に刑事ともなればその臭いは強い。
一般の人にはわからないかもしれないが、同じような仕事をしている者ならすぐにわかる。
警察官同士なら一発でわかるし、もちろん探偵にもわかる。
(出所したばかりの男を、なぜ刑事が尾行する?)
興味をそそられた。
幸いスケジュールが空いていたので、私はその刑事たちの後をつけてみることにした。
服役を終え妻を探す男。
なにゆえかそれを尾行する刑事。
興味本位でその刑事の後を追う探偵。
おかしな二重尾行がはじまった。
続く
KEN
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