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『淡路島5人刺殺~キチガイから身を守るために』精神科医ヤブ

兵庫県淡路島で男女5人が殺害されるという痛ましい事件があった。そして事件直後、無職の男Hが現行犯逮捕された。

このHであるが、実は2010年に精神科病院へ「措置入院」した経歴がある。措置入院とは、特別な資格を持つ精神科医が診察をして、その人が精神障害者であり、入院させなければその症状のせいで自分自身か他人を傷つけるおそれ(これを『自傷他害のおそれ』という)があると認めた場合に、県知事の権限と責任で強制入院させることである。

こうして入院した患者はその後どうなるか。いろいろなケースをみてきた立場から、大雑把に説明したい(全例こうなるわけではない)。

まず患者は保護室という部屋に入れられ、外から鍵をかけられる。これを「隔離」という。保護室は古い病院だとまさに牢屋みたいな感じで、新しい病院でもソフト監獄といった雰囲気だ。ほぼ全例が隔離されるのは、自傷他害のおそれがあって入院させられるのだから当然である。

入院後は医師や看護師から薬を飲むよう促されるが、措置入院になった患者で素直に薬を飲む人は少ない。「飲んでください」「そんなもの飲まない」といったやり取りが数日、長い時には2-3週間続く。患者からは常時「部屋から出せ」という要求があり、それに対し医師や看護師が「薬を飲めば検討する」と答える。そうするうちに、多くの患者は保護室での生活に嫌気がさして、渋々ながらも薬を飲みだす。すると徐々にではあるが幻覚や妄想はなくなっていき、攻撃的なところも薄れる。医師が鍵なしの部屋でも大丈夫と判断されれば「隔離解除」となる。入院中、患者は医師や看護師に従って薬を飲み続け、自傷他害のおそれがないと判断されれば県知事権限による措置入院は解除される。

敢えて極端な表現をするなら、
「他人を傷つけそうなキチガイは強制的に入院させられるが、薬を無理やり飲まされて落ち着いたと判断されたら退院になる」
ということである。そんなキチガイを野に放つのかと批難されるかもしれないが、私たち精神科医は法に則って粛々と退院手続きを進めなければならない。

精神障害者の暴力は、その多くが家族か自分に向けられる。しかし、今回の事件のように他人に向かうことも決して少なくはない。私の患者でも、ある人は自らを罵る幻聴をガソリンスタンドの店員が言ったと信じきって暴行し、ある人は近所の人が電波で攻撃してくる仕返しに腐った果物や野菜を相手の家の壁に投げつけ、またある人は隣家との境界線にあるべき石が動かされていたといって隣人を締め上げた。

現実的に、こういう人たちの妄想対象になってしまった場合、身を守るにはどうしたら良いのか。私は次の2つを強調したい。

1.引っ越しも含めて、まず逃げろ。
彼らに現実的な説得は無意味である。
2.警察や保健所に「相談」するのはやめろ。
ストーカー事件と同様、多くの場合「相談」は無力だ。やるべきは「診察および保護の申請」である。

上記2について、精神福祉保健法の第22条にはこうある。
「精神障害者またはその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」
あなたはすぐにでも最寄りの保健所に行き、相手について「現在場所、居住地、氏名、性別及び生年月日、症状の概要」などを可能な限り書いて申請すべきで、それで動かない保健所はない。

精神障害者を不当に差別することなく、しかし自分や家族を守るには上記2を知っていることが大事である。今回殺された5人のうちの誰か、あるいは被害者から相談されていた人がこの申請を行なっていたら、殺人事件は防げたかもしれないと考えると非常に残念である。

ところで、ほとんどの報道では、なぜかこのHについて実名報道がなされている。通常、精神障害をもつ者の事件に関しては匿名報道が原則とされている。本件の場合、事件が5人殺害と非常に重大であることから実名報道に踏み切ったのかもしれないが、では殺されたのが3人だったら匿名にしたのか、あるいは1人だったら報道すらしなかったのか。報道のあり方についても考えさせられる事件であった。

 

ヤブ

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