情報提供・ご意見ご感想などはこちらまで! 記事のご感想は一通一通ありがたく読ませて頂いております。

安倍元総理の死去が日本にもたらす影響  ~岸博幸

 安倍元総理の死去を受け、多くの識者やメディアが安倍さんの評価をしていますが、その多くは、安全保障や経済政策など分野ごとの政策や、森友/加計/桜を見る会などのスキャンダル、つまり表面的な功罪を元に評価しています。それも大事ですが、同時に重要なのは、安倍さんの死去が今後の日本にどのような影響をもたらすかではないでしょうか。小泉政権の頃から20年以上ずっとご本人を存じ上げた立場から、この点について私個人の考えを述べます。
(ちなみに、安倍さんの評価については、安倍さんの政策を重視する人や右寄りの人と、スキャンダルを問題視する人とでは正反対になるので、ここでは政策や思想、スキャンダルの評価には触れず、安倍さんの死去が今後の日本に与える影響のみを考えます。)


政治の将来に与える影響
 まず自信を持って言えることは、その功績や問題点はともかく、やはり安倍さんは本当に稀有な政治家でありリーダーだったということです。
そもそも総理・政治家としての顔と個人としての顔は全然違いました。まず総理・政治家としての安倍さんは、政治家の中では珍しいくらい政策に詳しく、常に大局観を持って考え、官僚に任せず自ら意思決定をする、必要あれば反対や軋轢が多い政策でも構わず実行する人でした。
その一方、個人としての安倍さんは、サービス精神が旺盛で、非常に明るくチャーミングな方でした。例えば会食では自ら率先して色んな面白い話、しかも他では絶対に聞けない話(世界の首脳と会った時の余談など)を披露して場を盛り上げ、真面目な話になると相手の考えを真摯に聞いてくれました。
ちなみに、私が一緒に食事する時は、安倍さんが私に気を使ってくれてか、安倍さんと私が共通して大嫌いな大物政治家の話が必ず出たのですが、安倍さんは自分がその政治家にどれだけ嫌な思いをさせられたかを毎回違った角度から時系列で面白おかしく話してくれました。

つまり、総理・政治家としては確固たる信念を持ちやりたい政策が明確であった一方、個人としては良い意味での天性の“人たらし”だったのです。だからこそ、その両面に触れた世界の首脳が安倍さんを信頼したのだと思います。
 与野党の政治家を見回して、安倍さんのようにこれらたくさんのリーダーに不可欠な資質を兼ね備えている人がどれ位いるでしょうか。ほぼ皆無と思います。特に若手政治家の多くは、官僚的な優秀さが目立つばかりで、大局観や人間的な魅力といった点は安倍さんの足元にも及びません。
 だからこそ私は、安倍さんはこれから党の長老/派閥の領袖として、自らの稀有なリーダーのDNAを多くの若手に継承することを期待していました。愚かな凶行によりその機会が消滅したのは、日本の政治の将来にとって本当に大きな痛手となるのではないでしょうか。


今後の政策に与える影響
 そして、それと同じくらいに懸念されるのは、安倍さんの死去が岸田政権の今後の政策に与える影響です。
 私は、岸田総理はまだ自分が総理として絶対に実現したい政策を見つけられておらず、その影響で岸田政権の実態は官僚主導政権になっていると考えています。その状況で安倍さんという岸田総理が政策面で唯一気を使う重しがなくなってしまったのですから、岸田政権が今後打ち出す政策がより官僚主導の凡庸な政策ばかりとなるリスクがあるのではないでしょうか。

 典型例を一つ上げましょう。政府は6月の“骨太の方針”で、抽象的で分かりにくい表現ながら、防衛費をGDP比2%に増額して5年以内に防衛力を抜本的に強化する方向を明確に打ち出しました。
 官僚主導政権では、本来はこのように今後の政策の方向性を具体的に明記することはありません。防衛費についていえば、財政を所管する財務省からすれば、予算の将来の増額幅やその実現までの期間など絶対にコミットしたくないからです。
 それでも骨太の方針に具体的な方向性が明記されたのは、自民党の関連する調査会からの政府への提言もさることながら、やはり安倍さんの影響力が大きかったからだと思います。自民党最大派閥の領袖であり、かつ今の安全保障政策の路線を確立した安倍さんの意向を岸田総理が無視できるはずないからです。
 その安倍さんという重しがなくなったことで、岸田総理は自分で自由に政策を決められるようになったとも言えます。
その結果として、今後の政策がより官僚主導になってしまうのか、または岸田総理が安倍さんの死去をきっかけに心機一転して、軋轢を無視してやりたい政策を実行するようになるかで、日本の将来は大きく変わるはずです。今のように世界の変化が激しく、かつ国内的に課題山積の日本においては、方向性はともかく思い切った(=極端な)政策こそ必要であり、官僚的な現状維持を前提として漸進的にしか物事を変えない政策では日本が更に悪くなるだけだからです。

 ちなみに、私は岸田総理が独り立ちして政策が良い方向に向かう可能性もあると思っています。昨年に岸田政権が誕生した頃から、安倍さんの最側近の方々から、実は安倍さんは岸田さんのことを大好きで、総理をやらせたいとずっと思っていたんだ、という話を聞いていたからです。
安倍さんのそうした思いは岸田さんにも伝わっているはずと考えると、メディアではこの春くらいから岸田総理と安倍さんが政策の方向性を巡って対立という報道が多くありましたが、むしろ安倍さんが亡くなったことで岸田総理は安倍さんへの恩義を改めて強く感じているのでは、と期待したいです。


最後に余計なことを二つだけ
 最後に余計なことを二つだけ書かせてください。
一つ目は安倍さんの度量の大きさを物語るエピソードです。私はこれまで、国政選挙がある度に“選挙に出ないか”というお誘いを受けることが多かったのですが、実は一番誘ってくれていたのは安倍さんでした。
 実はこれ自体すごいことです。私は性格的に、応援している政権でも間違った政策については厳しく批判します。当然ながら安倍政権の頃も、間違っていると思う政策については様々な批判をしてきました。それでも、安倍さんは自らの政策を批判する私に、選挙に出ないかと声をかけ続けてくれたのです。
政治家の多くはプライドが高くて嫉妬深く、一度メディアなどで批判されるとそれを恨みに思って関わりを断つ人が多い中では、改めて安倍さんの器の大きさを感じざるを得ません。

 もう一つは、安倍さんへの銃撃を巡る与野党政治家の物言いについてです。多くの政治家が、選挙期間中に演説中の政治家が銃撃されるのは“民主主義への挑戦”、“民主主義の危機”であると主張していたことへの違和感です。
 報道されているように、容疑者の犯行の動機は政治信条や政策を巡るものではなく、容疑者の家庭事情に基づく一方的な逆恨みです。かつ、犯行は殺意を持って行われ、事前に入念な準備がされていました。そう考えると、今回の犯行は明確に個人によるテロですが、民主主義への挑戦といった大仰なものではなく、むしろ民主主義以前の話、つまり日本国民の安全は守れるのかという国内制度や警察・警護などのあり方の問題になるのではないでしょうが。

 今回のようなテロは米国などで頻発していますが、銃規制が厳しい日本ではこれまで無縁でした。しかし、物価高騰などにより今後社会の格差が一層拡大する可能性があり、かつ今やネット上で情報を集めれば個人でも銃を作れてしまいます。つまり、今後は日本でも今回のようなある意味でカジュアルなテロが増えて、政治家に限定せず一般国民がその標的になる可能性もあるのです。残念ながら日本は白昼堂々とテロがまかり通り、それを防げない国になったのです。

 そう考えると、本来はこうした環境変化の中でいかに国民を守るかが本質的な問題であるはずなのに、政治家の皆さんは自分たちがテロの対象になることだけを恐れてか、“民主主義の危機”という大仰な言葉を使ってテロを非難しているのには違和感しか感じられません。
 言葉を変えて言えば、政治家の皆さんは普段は“国民目線”という言葉を強調するのに、いざ事が起きると“政治家目線”になる、つまり内心では政治家は偉いという意識を持っているのではと疑ってしまいます。本来、民主主義で一番大事なプレイヤーは国民であるにも拘らず、中学の教科書レベルのような“民主主義”、“選挙”といった言葉だけが遊んでいる、そんな感じがします。
 この日本の政治の薄っぺらさを改善するのは、安倍さんが最後に日本に遺した課題ではないかとも思ってしまいます。

このコーナーに似つかわしくない長文になり、申し訳ありません。読者の皆様に心からお詫びします。

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

タイトルとURLをコピーしました