私は、一時間の道のりを引き返した。 午後一時、ホテルの通路から彼女と男が現れた。私と相棒は、別々のカメラで十枚ずつほど連写した。 翌日、写真を現像して依頼者に見せに行こうとしたが、すでに信じられないことが起こっていた。すべてのフィルムが真っ黒だったのだ。 太陽の下でカメラのフタを開けてしまったように、私が撮ったものも、相棒のものも真っ黒。あまりのショックで声が出ない。こんなことがあるのか・・・・。 報告を聞いた依頼者は、調査の打ち切りを申し入れてきた。 彼女の部屋に別の女がいるのだの、ラブホテルにはいっただの、果ては証拠が何もないとあっては、彼が怒るのはムリも無かった。 しかし、こんな不可解な事実を前にして、引き下がるわけにはいかない。 私は依頼者に黙って調査を続けた(もちろんノーギャラで)。 相棒に彼女をマークさせ、私は部屋にいるはずの得体の知れない“もの”の追求に焦点をしぼる。 彼女のアリバイを助け、それでいて彼女と話すこともなく、明かりをつけずにシャワーを浴び、ステレオを聞く。共通するのは、部屋から一歩も出ていないことだけだ。 その正体はなんなのか。 私は、得たいの知れない“もの”を、なんとか外におびきだせないかと考えた。 午後八時、まだ彼女は仕事から帰っていない。非常階段でシャワーの音が聞こえてくるのを待つ。 『ゴーッ』。ガス給湯の音。続いてシャワーの音がする。 私は静かに近づいて、ドアの脇の扉を開き、水道栓を閉めた。 するとシャワー・ルームから、ガチャン! と、何かをぶつける音がした。給水を止められて怒ったのか。 非常階段に戻り、様子をうかがう。 大好きなシャワータイムを邪魔されたのだ。何らかのリアクションがあるはず。 ガチャリ。 ドアの鍵を開く音がする。いよいよお出ましだ! しっかりとカメラを構えて息をひそめた。 ギイ〜・・・・・・。 ドアは開いたが、誰も出てこない。いや、出てきたのかもしれない。私には見えなかっただけだ。 それと同時に、非常階段の上と下から、人の来る気配がした。 |
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