Dさん(五十七歳)

「私が子供を生むまえだったから、二十二、三のころだったかなぁ。私もその無人の踏切りで命を落とすところだったんだよ。

昔、子どものころ、聞かされたことがある。汽車にはねられて死ぬ人は、花列車を見るんだよ。それはきれいな花で飾られ、こっちへおいで、この花列車に乗ってみんなといっしょに楽しい所へ行こうって。

私はそんなもん見んかった。いつものように左右見て、「大丈夫」って踏切り渡ったのはたしかよ。渡ってるあいだはとってもいい気持ちで、体と心が、ピョン、ピョンて弾むように歩く自分を覚えとる。なんか知らんけど、うきうきした気分でとびはねとる。

ところが、渡り終わった途端、ものすごい勢いで私の背中を ゴー! と汽車が通り過ぎた。さぁーと血の気が引くのが、ようわかった。後ろのおばあちゃんが、大きな声で私を呼び止める声も聞こえんかったんよ」



メモを取る手が止まってしまった。いったい、この地に何があると言うのだろう。同じ場所で、たくさんの人の命が線路の露と消えているという事実が次からつぎへと浮かび上がってくる。