よく考えたら、こんなところでおじさんと二人っきりでいるのは危ない。そこで「じゃあ」と言ってマットから立ち上がった瞬間、おじさんの姿は消えていた。
幽霊だ!と思った。
放課後、三人の友だちをつれてもう一度中にはいったが、おじさんは姿を現さなかった。

月日が流れ、二年生最後の日。

体育館で終業式を終えた彼女は、ふと思い出して舞台の下の倉庫にはいった。あのときのようにしゃがみ、おじさんが座っていたところを注視する。
幽霊とはいえ、人なつっこく笑ったおじさんを、彼女はすこしも怖いとは思わなかったのだ。

 しばらくして、自分の横に人の気配を感じた。振り向くと、いつの間にか真横にあのおじさんが座っている。彼はニッと笑っていたが、突然の出現にびっくりした彼女が跳び起きたのを見ると、悲しい顔になって部屋のすみにとぼとぼと歩いていった。作業衣の腕の部分が不自然にブラブラしている。そして、手首の無い右手で左手をさすりながら、おじさんは壁の向こうにフッと消えた。