「社長、逃げてください!」
理由は聞かずにエンジンをかけ、車を発車させた。
ここにいると危ないという本能は私にも働いた。
しばらく走ってから、里見さんに聞いた。
「どうして危なかったの?」
「このまえの何倍も怒っていました‥‥。すごい‥‥。私に取り憑こうとしたから逃げたんです。一度はいられたら、防げない。どんな人でも祓えない霊もいるんです。偉いお坊さんでも‥‥。祟られたら終わり、そうゆう霊です」
「そんなのがいるのか!?」
「お祓いするたびに霊が苦しみ抜いて、だんだん力が強くなるんです。あの霊も、もう何十回と供養され、お祓いも受けている‥‥。それでも成仏しないんです。喉が渇いたとき人間が水を飲むように、霊も人に取り憑いて苦しみを癒すんです」
車が新目白通りにはいり、信号待ちをしているときだった。

<キキーッ、がシャン!!>

体が宙に浮き、荷物が前に吹っ飛ぶ。後ろから来た車に追突されたのだ。
「里見さん、大丈夫か?」
私たちは救急車で日大の駿河病院に運ばれた。
意識は朦朧としていたが、幸い、二人とも軽いムチウチですんだ。セールスマンが助手席の資料を見ながら運転していて、赤信号に気づかなかったらしい。
治療を終えた彼女を待って、事故の本当の原因を聞いた。
霊障かと。
「そうです。さっき、あの霊が社長の車に呪いの念を送ったのでしょう。でも、これ以上あの人に関わらなければ大丈夫だと思いますが‥‥」
もうあの車は売ろう、と決心した。調査も断わるしかない。こんな目に遭えば誰だって白旗を上げるだろう。