●更新日 03/12●
犬小屋の魔物
独身のMさんは若くして両親を亡くし、実家に一人暮らし。長年生活を共にしてきた愛犬も天命を全うし、Mさんは文字通り孤独になりました。
そんなMさんにとって悩みの一つは、愛犬の犬小屋を撤去するかどうかということでした。小屋を撤去してしまうことは、愛犬との長年の思い出も捨ててしまうことに等しいように思えたのです。それに、悪質な犯罪が多発する昨今。犬小屋があれば多少は泥棒よけにでもなるかもと思われたので、そのまま残しておくことにしました。
話は変わって、Mさんの家の真向かいに住むK家。K家は廃品回収業で、建物の1階は回収してきた廃品で埋め尽くされていました。悪臭と不衛生で、近所での評判も最悪。
更に酷いことに、K家には昔から何かと問題を起こして警察沙汰を繰り返している、一人息子のSさんがいました。元々は比較的温厚な性格なのですが、重度のアルコール中毒で、酒が入ると手がつけられない。暴力事件や器物破損等で、地元の警察官なら誰もが知っていました。
当然、仕事にも就けません。本人も就職の意思が乏しい。就職できたとしても、すぐにトラブルを起こしてしまい、1週間も仕事が続かない。家の廃品回収業も手伝わない。
Sさんの暴力は時として家族にも向かいます。そんな理不尽な暴力や怠惰な生活に愛想を尽かしたK家の人々は、Sさんと絶縁。K家を出なければならなくなったSさんはホームレスになり、各地を転々としている。そんな噂をMさんも聞いていました。
Sさんの噂もなくなり、近隣住民も彼のことを忘れかけていた、ある日の夜。いつものように仕事から帰宅して入口のドアを開けようとした時、Mさんは何かを感じました。
ドアの近くにある犬小屋から、微かな音が聞こえてくる。ガサガサ、ガサガサ・・・恐怖に顔を引きつらせながら、Mさんは勇気を振り絞って犬小屋へと一歩一歩、息を殺して、そっと歩みを進めて行きます。小屋の前にたどり着き、音のする小屋をそっと覗き込んだ、その時。Mさんの顔は青ざめました。
犬小屋の中からギョロッと光る目。それは消息不明になっていたSさんでした。
あまりの恐怖に声も出なかったMさんに、Sさんが声をかけます。
「よう、久しぶり。あんまり寒いんで一晩だけでいい、この小屋でいいから泊めてくれないか」
翌朝、Sさんの姿は消えていました。その後、Sさんの姿を見た者はいません。Mさんが人づてに聞いたところでは、今からちょうど1年前の大雪の日の朝、Mさんの家から10分足らずの公園で、Sさんによく似たホームレスの凍死体が発見されたといいます。
ところで、Sさんにはもう一つの物語が。続きはまた次回に。
西垣 葵
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