●更新日 03/14●

呻く死者


先日、私は大学生である友人から相談を受けました。その相談に対してどう答えれば・・・と悩んでいます。


「相談が、あるんです」

入ったレストランにて、食後のコーヒーを一口飲んでから、友人は言い辛そうに口を開きました。

食事中の雑談の時とは違う重い口調を受け、私は思わずカップを持つ手を止める。

友人の暗い表情から、相談内容の深刻さが伝わってきます。

「俺の特殊な体質については、覚えてますか?」

あんな体験、忘れるはずがない・・・私はそう言い掛けた唇を抑えるために、改めてコーヒーに口を付けました。

彼は今、体質という言葉を使いましたが、私はそれは「特殊能力」の域に達していると思う。

予知、霊視、念力・・・そういった「特殊能力」は、霊能ルポライターなんてことしていると、偽者も確かに多いけど、たまに本物にも巡り会います。例えば、この年下の友人は否定しようのない程の「特殊能力」を見せ付けてくれた事もありまして、、、

彼は、死人・・・いわゆる幽霊の声を聞く事が出来るのです。

TVや雑誌に登場する霊能力者は、よく「誰々が泣いています」「何々と仰っています」などの言い回しを使いますが、彼はそのように器用に使いこなす事は出来ず、ただ死者の「呻き」が時々聞こえる程度だとか。


「ホームで電車を待ってると、酷く耳鳴りする時があるんですよ。そういう時は駅員さんに質問してみるんです。『昨日か今日、このホームで人身事故がありませんでしたか?』ってね。百発百中、「ええ、ありました」と返して来ますよ。嫌な事を思い出させやがって、とでも言いたげな表情でね。あ、俺だって別に興味本位で聴いてる訳じゃないですよ。本当はこんな能力、捨てたいぐらいなんですから。この不況のご時世で、飛び込み自殺も増えてますし。聞きたくないのに聞こえてくるっていう点では、他の乗客の着けてるイヤホンから曲が聞こえるのと同じような感じですかね」


本当か嘘かはその時は解りませんでしたが、そんな友人の能力を思い知る事になったのは、暖かな小雨の降る、ある春の日のこと。突然掛かってきた友人からの電話は「ちょっと付き合って欲しいんですよ。確認したい事があるんですけど、いざという時独りじゃ心細くって・・・」という内容でした。

「車で連れて行って欲しい所がある」と言う友人を約束の駅で拾った私の車が、彼の案内で辿り着いたのは山道のど真ん中。

山道、と言ってもきちんと舗装された、車の量もそれなりにある何の変哲もない道ではありましたが。

空き地に車を停めて降りると、大きなリュックサックを背負った友人は、道を囲む森を指差して「あっちの奧に行きたいんですよ。傘は差せないんでレインコートを着ていきましょう」と言い出しました。もう仕方がないので、私は彼の用意したレインコートを着て、渋々森へと入って行きました。


雨の降る森を黙々と15分程歩いた頃、友人が急に立ち止まりました。私が「どうしたの?」と聞いても、返事をせずに何かを凝視しています。彼の目線を辿ると、そこには幹の太い一本の広葉樹がありました。しばらくの間、何かを考えるようにその根元を見つめていた友人は、おもむろにリュックサックを降ろし、中からキャンプ好きが使うような折り畳みスコップを二本取り出しました。

「何するの?掘るの?」と聞くと、「えぇ・・・間違い無い、ここです」と答える友人。その表情に鬼気迫る何かを感じ、思わず生唾を飲んでしまった事を覚えています。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・

ある程度掘っていると、友人はおもむろに「あまり力を込め過ぎないでください、崩れると可哀想ですから」と言いました。

この時はまだ、言葉の意味は解りませんでしたが・・・

ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・ゴツッ。

「ん?今、なんか当たった?」

私が感じた手応えを素直に言葉にすると、友人は「やっぱり・・・」と顔を曇らせました。何がやっぱりなのか、という私の問い掛けを遮るように、彼はスコップを地面に置き、軍手をはめた手で器用に穴の底を払い始める。私は彼の行動の変化に対応出来ず、ただ呆然と見守る事しか出来ない。そんな対照的な二人の前に、それは突然姿を現しました。

崩れかけた皮膚と関節、爪。髪、唇、融け掛けた眼球。

そこに出て来たのは、紛れもなく人間の死体。


「声がね、聞こえたんですよ」


すぐには状況が飲み込めない私に、友人はここを掘るに至った経緯を語り始めました。

「さっきの道、毎朝原付で通る道なんですよ。駅に行くためにね。それまでは何ともなかったのに、一週間ぐらい前から声が聞こえるようになったんです。

『タスケテ』『ココカラダシテ』

っていう女の人の呻き声が。流石の俺も、最初は空耳だと思いました。でも毎日毎日続くもんだから、原因を調査してやろうと思って同行をお願いしたんです。森に入れば入るほど声がはっきり聞こえて来て、その発信源らしき所を掘ったんですが・・・」

「今、その声は聞こえてるの?」


「いいえ、掘り始めたら止まりました。きっと、出してくれるって気付いたんですよ」、と。






以上が私の体験した彼の「特殊能力」です。

そして前述の通り、彼の能力は今回の相談内容に深く係わっています。いや、これがメインかも。


「最近ね、また毎日同じ声が聞こえるんですよ」

思わずコーヒーを吹きそうになるのを必死で抑えながら、私は何とか「また山道?」と聞き返しました。

彼の返答は、そんな予想を絶する・・・内容。


「いえ、場所は俺の家です。声の主も判ってます。先月老衰で大往生したはずの、俺の父方の祖母です。最初は呻き声だけだったので、まだ何か未練が残っているのかなぁとしか思ってなかったんですが、最近になって声がちゃんとした言葉になったんです。

『R子に殺された。点滴を抜かれた。遺産を持っていかれた。憎い憎い』

・・・R子っていうのは、俺の母の名前です。確かに、祖母が体調を崩して入院した時、お医者さんは『しっかり治療すればまた家に帰れる』と仰ってました。でもまぁ何せ年寄りなんで、こんな事もあるかって納得したんです。遺産のお蔭で小遣いは増えたし、古くなってきた家もリフォーム出来るし、俺達家族皆祖母に感謝してたんです。そしたら、この訴えですよ。それも毎日、祖母が亡くなった午前0時ちょっと前に。この頃は寝てても起きるぐらいの大きさで、まるで怒鳴るように言うんですよ。このままじゃノイローゼになってしまいます。俺、どうしたらいいですか?何か解決法はありませんかね?」


警察に事実を調べて貰うよう頼めばいいんじゃないか、との私のアドバイスに、友人は「母の事を警察に突き出すなんて・・・それに、死人の声だけじゃ証拠になりませんしね」と笑って答えました。

結局、「ちゃんと供養する」「御祓いをしてもらう」というありきたりな対策しか思いつかないまま、その場はお開きとなりました。その後の彼からの連絡によると、母親に気取られない範囲で供養や御祓いをしてみたけど、どれも意味をなさなかったとか。やはり、無念を晴らす以外に声を止める方法はないのでしょうか?

今も友人は、毎夜聞こえる祖母の訴えに苦しんでいます。私は彼に・・・いや、彼の祖母に何をしてやればいいのでしょうか?



西垣 葵 西垣葵


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