●更新日 04/06●

使えないロッカー


これは私が中学時代、その学校の野球部の友達に聞いた話です。


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K中学野球部の部室のロッカーは全部で30。一年から三年まで全部員の人数分は揃っていない。そのため三年が引退するまで一年にロッカーは与えられず、グローブやスパイクなどの荷物は毎日持ち帰らなければならなかったし、着替えも毎日部室の外でやらされていた。

しばらく不便な日が続いていたが、三年の引退に伴いようやく私達にも自分のロッカーが与えられるようになった。背丈より少し高い、細長タイプのロッカーだ。私は自分の城を与えられた気分になった。

この時二年の新部長から一年全員に一つの注意があった。

「そこの隅っこのロッカー使うなよ」

彼は私の隣のロッカーを指差し、それだけ言い放ってグラウンドに出ていった。細かい説明など全くない。この時は「空いてるからってお前ら一年が生意気にロッカーを余分に使うんじゃねーよ」とでも言いたかったのだろうと思っていた。

しかし不思議ではあった。余分に空いているロッカーはどこも二年の誰かが自分のものにしてしまっているのに、隅にある私の隣のロッカーだけは誰も使おうとしないのである。

荷物というものは時間が経つに連れ増えていくもので、次第に私も自分のロッカーが手狭だと感じるようになっていた。ある日を境に、私は無断で自分の隣のロッカーを使用するようになった。いつか使うなと言われた、あのロッカーである。誰も使おうとしないのだから文句は言われないだろうと思った。

私は自分のロッカーに着替えや教科書、漫画などを残し、スパイク、グローブ、バットといった野球道具は隣のロッカーに収納した。

この日からである。どうも自分のプレーがおかしい。簡単なフライは落球するし、ボールはたまにバットに当たってもポップフライ、ベースを踏んだ時に足も捻った。私はこれを単なるスランプだと思っていたが、それはそのまま私の実力不足と片付けられ、周囲から私への評価は落ちていく一方であった。おかげでレギュラーなど夢のまた夢、それでも野球が好きなので練習をやめなかった。

ある日のバッティング練習中、二年のある先輩から声をかけられた。

「おい。お前、隅のロッカー使ってるよな?」

「あ、はい」

「お前知らないのか?」

「え? 何を、ですか?」

「いや、何でもないよ・・・・・・」

その先輩はそれ以上は何も言いたくなかったのだろう、そのまま去ってしまった。私はバットのグリップを再び握り締めたその時、初めて自分の体に違和感を感じた。両肩を何かに押さえ付けられているような感じがした。


期末試験前になると、練習はいつもより早く終わる。これは野球部に限らず他の部活でもそうだ。

私は帰宅して勉強に精を出していたが、大事な数学のノートを部室のロッカーに忘れていることに気がついた。外はもう暗くなっているが、そのノートがなくてはテストの結果がボロボロになってしまうのは明らかな事だ。暗い学校に行く事自体にも迷いはあったが、悠長な事は言っていられなかった。幸いにも翌日は鍵当番だったので、部室の鍵は私の手元にあった。

私は暗闇の学校へと足を踏み入れた。こんなに静かな学校は初めて、やはり来なければ良かったと思い始めた。しかしこれもテストのためだ。

懐中電灯の灯りを頼りに部室の前まで来た。さて中に入ろうかとポケットから取り出したその瞬間、何か人の気配を感じた。

中に誰かいる・・・・・・。

鍵がかかっているのにどうやって・・・・・・、と思ったが、よく見ると部室のドアに付けられている南京錠は外されていた。


「ちくしょうぅぅ・・・・・・、ちくしょうぅぅ・・・・・・」


中から聞き覚えのない人の声が聞こえる。半泣きで声を震わせている。


「何であいつなんだよ・・・・・・」


ロッカーの扉を叩く音も聞こえる。


「誰? 誰かいるの?」


私の問いに答えるように中から答えが返ってくる。


「だから何であいつなんだよ!」


その荒げた語気に私は一瞬うろたえたが、恐る恐るドアを開けてみる事にした。


「誰・・・・・・?」

私は部室の灯りをつけようと、スイッチを入れてみた。しかし蛍光灯は全く点こうとしない。


「蛍光灯切れてんのかよ・・・・・・」


テレビで見るような怪奇現象ではなく、そうあって欲しい・・・・・・。私の一人言だけが部室に篭る。懐中電灯で軽く部屋全体を探ってみたが、誰も居ない。おかしい、さっきは確かに中から人の声がしていたはずだ。


「誰かいる?」


もう一度聞いてみるが返事はない。私は不気味に感じたので、とにかく自分のロッカーのノートだけを持って立ち去ろうと思った。

私は自分のロッカーのある、部室の隅へと足を進めた。


 ガチャっ。

 ロッカーを開いてすぐ数学のノートを見つけた。そしてノートを手に取った、その時、


 ボンっ!

 ボンっ!


私が使っているもう一つのロッカーから、扉を叩くが繰り返された。隣には誰もいない。この音はもしかしてロッカーの中から? 中に誰かいるのか?

「おいっ! 誰だよ!」


ガチャ

扉が突然開いた。隣のロッカーから私の野球道具が吐き出された。


「ぅぅううわああぁぁぁぁ!」


カランカラーン、と金属バットの乾いた音を聞きながら、私は一目散に部室を飛び出した。ノートも懐中電灯も置いたまま、振り向かずに走れるだけ走った。

翌日、私はあのロッカーの事を先輩部員に聞いてみた。話はこうだ。昔ある部員が大会直前にレギュラーを外された。実力はあったが父兄の力が及んでいたらしい。そして彼は不幸な事に、その知らせを聞いた帰りに交通事故に遭って亡くなってしまった・・・・・・。レギュラーを取られた悔しさだけをこの世に残したまま、彼はこの世を去ってしまったのだ。今まで気にしていなかったのだが、ロッカーをよく見るとその時の彼の拳によって凹んだと思われる跡がいくつも残されていた。

それを聞いて私は二度とそのロッカーは使わないことにした。以来、長く続いていた野球でのスランプも脱出するに至った。

しばらくして私は二年となり、新しい部員を新しく迎える立場になった。一年が部室を使えるようになったその日、私はさり気なく言った。


「おい一年、そこのロッカー使うなよ」


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恨みというのは、寄り代になるようなものがあればあるほど、思い出に残っていればいるほど残留し易くなります。

まして、部活という代々誰かが継承して行くものであれば、それは如何ほどのモノか―――



西垣 葵 西垣葵


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