別れの宴
前回の話に登場した、Sさんという男性のもう一つの物語。
廃品回収業の家に生まれたSさんは、重度のアルコール中毒でした。酒に酔っては暴力事件や器物破損を繰り返し、いつも警察沙汰に。家族への暴力、全く働こうともしない無気力さ、それらが重なり、家族はSさんと絶縁しました。
家から追放されたSさんはホームレスになったと言いますが、不幸だったのは家族だけではありません。Sさんの飼っていた猫たちも、Sさんの家族との絶縁に巻き込まれました。
Sさんが猫を「飼っていた」というのは正確ではありません。近所の野良猫たちに皿に入れたミルクを与えていたので、猫たちがSさんの所に集まってきていただけ。その数、20匹以上。
ただでさえ回収した廃品が散乱し悪臭が漂っていたSさんの家ですが、この猫たちのおかげで不衛生な環境は日に日に悪化して行きました。やってきた野良猫たちが家に入ってきてもSさんは黙認状態で、廃品が堆く詰まれた場所で糞尿を垂れ流し放題だったからです。
家族が注意しても、「ババアは黙ってろ。この猫たちは俺を慕って来てるんだ。文句あるならお前らが出ていけ」などと恫喝し、時には家族に暴力を振るうこともあったとか。
Sさんが家から追い出されると、猫たちは行き場所を失い、困惑している様子でした。当初は家の前をうろついていた猫たちでしたが、1匹、また1匹と姿を消していく。
それからしばらくして、Sさんの家族は掃除しても消えない悪臭と家の老朽化により、引っ越すことを決め、Sさんの家は直ちに解体されました。
解体が終了し、更地になった日の深夜のこと。その日の夜は、野良猫たちの「ニャー、ニャー」という声が、いつにも増してよく聞こえてきました。近所の住民が2階の窓からそっと外を見ると、更地に20匹近くの猫たちが集まってきて車座になっていたといいます。
それはまるで、猫たちが別れの宴を開いているかのようだったとか。こうして集まることはもう二度とできないこと、それぞれが旅立たなければならないことを悟って、今生の別れを告げに来たのでしょうか。その日を境に、野良猫たちは一斉に姿を消しました。
だが、その後、多くの猫たちの鳴き声が闇夜に木霊したことが一度だけあるそうです。
それは、ホームレスとなったSさんらしき人物が、大雪の日の朝に近くの公園で凍死体として発見された、その日の夜のこと。
あたかも、かつての「飼い主」を弔うかのように――
西垣 葵
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