いま思うと、入居した当初から違和感を持ってはいました。
玄関を開けた瞬間の吸い込まれるような闇の中に、顔を洗っている最中のがらんとした背中に、何となくテレビを付けているときの妙な静けさの中に、それを独り暮しの女性ならではの防衛本能だと信じて疑わなかったのは、ひとえにこの部屋の破格の家賃があったからです。
相場の6割程度の値段を不動産屋で示されたときは、「霊でも出るんですか」と笑い飛ばしたものでした。

違和感がはっきりとした疑惑に変わったのは、寒い冬の夜でした。
狭いユニットバスの中で頭を洗っていると、ひやりとした感触が腕に触れたのです。
水滴が落ちてきたような小さな感覚ではなく、手でそっと撫でられたような感覚でした。
一瞬手を止め、腕を見回してみましたが、特に何かが付いているわけでもありません。
薄気味悪くなって、あわてて風呂からあがり、その日は早々にベッドにもぐり込みました。