厚労省が決定した高額療養費制度(病院での治療費が高額となった場合の患者の自己負担額の上限を設定)の自己負担額の引き上げが、世論の厳しい批判を浴びています。そこで、この改正が具体的にどのような悪影響をもたらすか、具体例で考えてみたいと思います。
高所得層の人は自己負担額が引き上げられてもあまり影響ないはずなので、まず中所得層で年収600万円、まだ子育て中の人が重篤な病気を患った場合を考えてみます。この人が現時点で治療に支払う自己負担額は月8万円なので、毎月治療に通うと年間でほぼ100万円の治療費を払うことになります。
それでは、高額療養費制度が改正されたら、この自己負担額はどう変化するでしょうか。令和9年8月以降、自己負担額は月額11.5万円に3万円以上も上がります。ただ、多数回の治療を受ける人は年間で4回目以降の上限額は減額となります。厚労省の資料にある減額後の金額を適用してざっくり計算すると、この人が毎月利用する場合の年間の自己負担額は現在とほぼ同じ、年に3回だけこの制度を利用する場合は年間で11万円の負担増となります。
ちなみに、年収600万だと24%が所得税と社会保険料で引かれるので、この人の可処分所得は460万円です。毎月利用の場合は460万から治療費100万を引くと残るのは約360万円。今の負担水準でも治療を継続しながら家族を養い子供の教育にお金をかけるのは大変ですが、自己負担額が引き上げられた後を考えると、多数回の場合は負担が増えないので良いでしょう。一方、年3回利用の場合は11万円の負担増になりますが、可処分所得の2%の負担増と考えると、これも何とかなるレベルのはずです。
それでは、次に低所得層で、年収300万円で子育てしている人を考えてみましょう。300万のうち21%が所得税と社会保険料で引かれるので、この人の可処分所得は237万円です。
そして、今の制度では1ヶ月の治療費の自己負担額は5.7万なので、この人が毎月治療する場合の年間での自己負担額は68万円、年3回の場合は17万円となります。
それが制度改正の後は、1ヶ月の自己負担額が7.9万に上がります。ただ、4回目以降は減額になるので、これもざっくり計算すると、毎月利用の場合の年間での自己負担額はほぼ変わりません。一方、年3回の場合は自己負担が24万円となり、7万円の負担増になります。つまり、毎月利用の場合は負担が増えないから良いけど、年3回利用だと可処分所得237万円の1割が医療費で消えるのです。これは、子供を養っている場合はかなり厳しいと言わざるを得ません。
以上から明らかなように、今回の高額療養費制度の改正は、この制度を多数回利用する場合は負担が増えないものの、低所得で年間3回までしか制度を利用しない人にとっては、生活を圧迫しかねず受診控えを誘発しかねない厳しい内容であると考えられます。
これは由々しきことです。所得税を払っている人の半分以上が年収300万円以下、そして高額療養費制度を利用している人の8割が年間3回までの利用だからです。この現実を考えると、多数回利用の場合は負担が増えないからといって、今回の改正はやむを得ないものと認める訳にはいきません。
私自身この制度をもう2年使っていて、その重要性は誰よりも実感していますが、その立場から、この残酷な改正内容を僅か4回の省内の部会での議論のみで、患者側の意見も聞かずに決めた厚労省の無責任さに対して凄まじい怒りを感じています。2/28になってようやく自民・公明は自己負担の引き上げを延期する方針を示しましたが、ここに至るまでも時間をかけ過ぎです。なぜ政府・与党は非常識なまでに国民の気持ちに鈍感になってしまったのでしょうか。厚労省も自民・公明も猛省して、一から出直すべきです。
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岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。