●更新日 12/31●



ターゲットの愛人と暮らした甘い日々

探偵に持ち込まれる依頼は、時代を反映している。最近は人妻の浮気調査が多いが、バブル期は不動産絡みのトラブルが目立った。十数年前、ある地上げ屋と対決したことがある。その調査はいまでも忘れることができない。ターゲットの愛人と深い仲になり、同棲にまで至ったからだ。依頼者は、33歳の鉄工所を経営する2代目社長だった。

「ある不動産屋に必ず値上がりすると説得されて、1億2千万円の土地を買わされたんですが、転売してみたら7千万円にしかならない。5千万円も損をさせられたんですよ」

と、彼は声を高ぶらせて訴えたが、私は苦笑するしかなかった。

「値上がりするというのは口約束ですね。口車に乗せられたほうにも責任があると思いますよ」

「警察にも同じことを言われました。被害届を出したのに、真剣には取り合ってくれなかった。でも、何か罰を受けさせないと気が済まないんです」

依頼者を騙した不動産会社の部長は、地上げの世界では有名なやり手だった。暴力団を使って住人を追い出すなど悪どい商売をしていた。

「同じような被害に遭った人を探し出して、まとめて被害届けを出しましょう。そうすれば警察も動きますよ」

私は早速、ターゲットの尾行を開始した。不動産会社の部長は、歌手の村田英夫に似た大阪弁丸出しの男だった。55歳で腹が出ていたが、背は高く精力的な印象を与えた。金曜日の夜、彼は会社を出ると、六本木のホテルに向かった。1階の洒落たバーで20代半ばの女と落ち合い、間もなく階上の客室へ消えていった。

彼女は、部長の部下で愛人だった。ターゲットの秘密を探り出すには格好の人物かもしれない。翌日、私は彼女のあとをつけた。青山の書店に入って立ち読みをはじめたので、さり気なく声をかけた。

「面白い本を読んでますね」

彼女は、マーケティング関係の本から顔を上げて、微笑を浮かべた。当時、私はレコード会社のイベント企画にもかかわっていたので、話題には困らなかった。

「その本を、ずっと探してたんですよ」

私は、ダンヒルのセカンドバックを小脇にかかえ、派手なジャケットを羽織っていた。いわゆる業界風のルックスである。

「お仕事はアパレル関係ですか」

「いいえ。前に化粧品会社の企画部にいたものですから」

「実は僕もレコード関係のイベント企画をやってるんですよ」

彼女は、私に関心を持ちはじめたようだ。喫茶店で話すことになった。カフェバー風の店でアルコール類も置いてあったが、警戒心を抱かれぬようアイスコーヒーを頼んだ。彼女は矢島綾子と名乗った。イベント企画のことで話が盛り上がった。

私は別れ際に偽の名刺を渡したが、綾子の連絡先はあえて訊かなかった。私に好意を持ったことを確信していたからである。私には必ず連絡が来る予感があった。名刺には、イベント企画会社の電話番号が記されている。そこの社長と親しかったため、しばしば使わせてもらっていたのだ。外から電話が入ると、事務員が私の携帯電話の番号を教える段取りになっていた。


−つづく−