八階の部屋にたどりつくと、小型発信機を電機メーターの上に置いた。外部からドアの開閉音を聞くためだ。これがあると長時間の張り込みがかなり楽になる。
準備が整ったとき、ドアの小窓からシャワーの音が聞こえてきた。
耳をすますと『フン・・・フフン・・・フン』と、かすかな鼻歌が聞き取れる。
特Aランクの美人なので、その肢体も悩ましいのではないかと、あらぬ想像をしてしまったが・・・・・(当時、私は二十四歳で、まだまだ修行が足りなかったのだ)。
とはいえ、何かおかしい。
バス・ルームの電気がついていない。明かりをつけずに入浴するなんて・・・・・。
カーテンがあるから、覗かれる心配はないのに・・・・・。
もっと観察すると、部屋の明かりもついていないことがわかった。
私は、首をかしげながらエレベーターを降り、玄関脇に車をつけて張り込んだ。
深夜の零時。調査のフィニッシュ・タイムになろうとしていた。
そのとき、なんと駅の方角から彼女が歩いて帰ってきたのだ。驚いた私は目をこすって実物と写真を見くらべた。
間違いない、滝口玲奈だ。
その証拠に、彼女がマンション内にはいって数分もしないうちに、ドアをガチャンと閉める音が受信機のイヤホンに響いた。
二人住まいとは聞かされていなかったので、依頼者に確認すると、『そんなバカな』と言う。それよりも、彼女が深夜遅くに帰ってきたほうがよっぽど気がかりになったようで、彼は、明日からは勤め先から尾行をお願いします、と頼んできた。
たぶん女友達が来ていたのだろう。私はそう納得して、その日の調査を終えることにした。
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