●更新日 07/20●
取り残された少女
東京都 台東区・谷中(やなか)には空襲を逃れた戦前からの古い日本家屋が残る。
そんな下町の風情を残す町で、語り継がれているひとつの話…
現在ではご近所の集会所にもなっている、ひとつの古い民家。
夏の夕べに、親子で参加する催しが行われていた。
そこへ母親の手を引きやってきた7歳くらいの女の子。
靴を脱いであがるとすぐに、部屋の片隅を指差して立ち止り
「お母さん、隅っこのほうから煙が出ている。」
「火事?」まだ靴を脱ぎかけていた母親はあわてて部屋に上がった。
だが煙など出ていない。先客もそれに気づいた様子はない。
「何もないじゃないの…。」
と言うも、娘は指差したまま、ずっと部屋の片隅を見つめている。
空いてるところに座ろうと母親が促すも、まだ、その手を下ろさない。
前に回りこんで呼びかけると、娘はやっと「座ろう」と母親に笑みを返した。
そんな娘の仕草が気にかかった母親は、イベントが終わった後、
家主でもある若い主催者に、それとなく娘の様子を話してみた。
「またですか……」
とうつむくと、家主はこの家屋の過去の住人について話を始める。
戦後まもない頃そこを住んでいた親子は、空襲で家族を失わなかったが、
借金を重ね幼い娘をひとり残して姿を消す。
取り残された少女は、近所の住民が引き取ることに。
親を失い悲しみにくれる少女は、いつもの部屋の片隅で
ひざを抱えてうつむいていた。
その数年後、病で短い生涯を終える。
それから幾歳月が過ぎ、しばらく空き家であったこの家屋に
今の家主が住み始めてから地域の人を集めて催しを行うようになる。
幼い子供が訪れると、部屋の片隅の異変に気づき、そこを見つめたまま
動かなくなることが度々…
家屋の裏の路地でぼんやりと灯る明かり
たったひとり残された女の子は、路地裏の明かりを目指しやって来る…
坂部
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