消えた巨大魚
宅急便ドライバーの田村さんの趣味は熱帯魚の飼育。稼いだお給料のかなりはこの趣味につぎこむほどの熱中ぶりだった。
それまでは自宅の中に水槽を置いてたけれど、もはや置き場の無いくらいに増えていた。そんな折、田村さんは大枚をはたいて高い魚を買った。昔から欲しかったけど高くて手の出なかった魚。それを買えて、ついに念願がかなった。
大きな魚だから水槽の大きさだって普通じゃない。だから自宅の中に置くのなんて無理な話。同居してる親に相談したらあきれ果てるばかり。でも魚と水槽はもう注文してしまってあったから、何日か後にはペットショップから水槽が届くことになっていた。どうにかして置き場所を確保しなくてはならない。
思案することしばし・・・・・・名案を思いついた。小さな庭の端っこにある物置を整理整頓して、新しく来る水槽を置けるくらいはスペースを作れた。これで一安心。あとは魚と水槽が届くのを待つばかり。
待ちに待った日が来た。物置に水槽が置かれて、熱帯魚を飼える環境が整った。魚が来てからの毎日は田村さんには最高のものになった。仕事から帰るとすぐさま物置に直行で自慢の魚を眺める。そうしてると一日の疲れなんかどこかへふっ飛んだ。
会社でも田村さんの熱帯魚好きは有名だった。自慢の魚を飼いはじめたことも会う人ごとに話してた。そんな田村さんに予期せぬ不幸が訪れることになるとは・・・・・・。
ある日の朝、いつものように目が覚めるとすぐ物置へ直行した。その瞬間、愕然とした。魚が消えてる・・・・・・。
きのうの夜に寝る前に見たときは確かにいたはずなのに・・・・・・。あわてて親にたずねたものの、何の心当たりもないとの返事。
「もしや会社の同僚が盗んだんじゃないか」
でもよく見ると水槽のまわりには水滴一つこぼれてない。もしも誰かが網でつかまえようとしたとしたって、あんな大きな魚が暴れたら水浸しになる。だったら、一体どうやって・・・・・・。
それからの田村さんは、ショックで体調を崩して会社も欠勤しがちに。頭の中はいつも、あの魚がなんでいきなり消えたのかということばかり。仕事も手につかなくて無気力になって、とうとう田村さんは会社をやめてしまった。
私は熱帯魚にあまり詳しくないけれど、田村さんが言うことには、その魚の名前はナイルパーチ。
「神の使い」と呼ばれている一方で、ビクトリア湖に悲劇をもたらした最悪の淡水魚としても有名な一面を持つ。
田村さんの体験は、もしかしたら神秘の魚が起こした奇跡だったのかもしれないし、悪夢の魚が引き起こした悪戯だったのかもしれない。
いずれにせよ、消えた巨大魚の行方は神か悪魔だけが知っている。
日村 裕次
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