そこにいるキャストはだれ?
7年程前、とある歓楽街のセクシーパブで、ボーイとして働いていた時の話です。
今では珍しくないのですが、その頃は胸をはだけて触らせたり、客とキスしたり交渉しだいでは本番も・・・なんて店は少なく(本番はもちろん違法ですが、知らないふりをしていたようです)
客入りはよかったと思います。
その店は歓楽街の真ん中にあり、とても広い店でした。
もちろん在籍するキャストの人数も多く、更に入れ替わりの激しい店だったので、私はほとんどのキャストの顔と名前を把握していませんでした。これは私のようなボーイだけでなく、メイクやヘアメイクを担当する裏方女性スタッフ全員に言えたことです。
ある日の営業終了間近、客も少なくなった薄暗い店内の隅に一人の女性が座っていたのに気づきました。
キャストの面接?
それにしては時間的におかしいし、服装も店の制服の様でした。
まあ、誰かと話でもするんだろう・・・
そう思い、特に気にする事もなくその日は終わったのですが、次の日の同じような時間、またその女性はその席に座っていました。
さすがにおかしいんじゃないか?
そう思った瞬間、私はとても気味が悪くなり店長に聞いてみる事にしました。
「あそこの席に座っている子、昨日もいましたよね?誰かに相談でもしてるんですか?」
「はぁ?何言ってんのお前。誰もいねえじゃねぇか、そんな事より仕事し・・・・・・」
先輩は黙ってしまいました。
そして席に目をやると、そこには誰もいませんでした。
その瞬間、私の背筋に寒気が走りました。もの凄く見られている、と言うか睨まれているというか。
確かに存在しないはずのなのですが、確かに存在する威圧を持った視線。私は体が凍りついてしまいました。
「ちょっとこっち来い!」
その声で私の体は自由になったような感じがしました。
先輩は私の腕をつかみバックルームへ行くと、こんな話をしました。
「昔ウチで働いてた子で従業員と付き合ってたのがいたらしいんだ。
その従業員はその子に店の個室で客と本番させて貢がせてて、それでも金が足りなくなって、出入りのあったAV会社の社長にその子を売っちゃったらしいんだよ。
その子は泣く泣くAV女優に転職したんだけど、金を引っ張るだけ引っ張って、ふられたみたいでさ、病んで自殺したんだって。男はさっさと店辞めちゃってたらしいんだけどさ、酷いよな。」
何故そんな話を今するんだろう?と思ったのですが、先輩は続けて
「それでさ、自分を追いつめた男を恨んで出るって噂があるんだよ。見るのは決まって男だけで、 一度見ちゃったら毎日見るようになるらしいんだ。最初はただ見えるだけらしいんだけど、そのうち・・・・・」
「そのうち・・・何・・なんですか?」
「いや・・・あくまで噂なんだけど・・・・。付いてきたり、泣き声が聞こえたり、苦しそうなうめき声が聞こえたりするらしいんだ・・。俺は単なる噂でしかないと思ってたんだけど・・・」
その時、私の背後に何かが近づいてくるような気配を感じ、怖くなった私はそのまま店を出て、辞めてしまいました。
幸い彼女の声は私には聞こえませんでしたが、それ以来その建物には近づいていません。
彼女は今でも男を恨み、店の片隅で静かに座っているのでしょうか・・・・
橋本 弘
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