2025年6月8日、有明コロシアム。
中谷潤人(WBC世界バンタム級王者)と西田凌佑(IBF世界バンタム級王者)による無敗同士の統一戦。開始のゴング直前まで、私は不思議なほど落ち着いていました。中谷の実力がやや抜けている、だから西田がどこまで粘れるか。そんな冷静な見立てとともに、1Rは様子見、決着は6-7Rかな――そう思っていたのです。
この想像は瓦解しました。ゴングとともに飛び出したのは中谷の怒涛のラッシュ。様子見どころか、凄まじい破壊力。西田の右目は瞬く間に大きく腫れあがり、視界を奪われながらも、それでも彼は、必死に前へ出ていました。
中谷の一方的な展開では決してありませんでした。3R、4Rにはむしろ、西田が中谷を上回る場面もありました。ふたりの間には、“勝ち負け”だけではない、“心のぶつかり合い”がありました。
試合は非情に進みました。初回の偶発的なバッティング、そして蓄積する右肩へのダメージ。耐え続けた西田の身体が限界を迎えたのは6R。陣営が試合の放棄を申し出た瞬間、私は心の奥がふっと崩れるのを感じ、不覚にも、静かに涙が頬をつたっていました。
中谷潤人は王者としての強さを存分に見せつけ、2団体統一王者となりました。
けれど、それと同じだけ、いやそれ以上に心を打ったのは、最後まで一歩も引かなかった西田凌佑の誇り高き姿です。もう見えないはずの右目で、打たれても、倒れても、前を向いていたその姿。あれは、敗者の姿ではありません。人生を賭けて戦うとは、こういうことなのだと。そう思わずにいられませんでした。
SNSでは中谷の戦い方を「荒っぽい」「ラフすぎる」と評する声もあります。
けれど私には、こう思えてなりません。「It’s just boxing.」と。
リングに立った瞬間、そこには情けも慈悲もありません。「痛そうだから手加減しよう」「痛いからここは殴らないでくれる」・・・そんなのはボクシングじゃない。むしろ、極めた両者が命懸けで戦うからこそ、私たちは涙を流す。またしても私は中谷と西田から、「自分を信じ切る」ことの難しさと、そこに宿る美しさを教えられました。
中谷と西田の激闘 撮影:山口比佐夫

女探偵 堺浄(さかい・きよら)
政治家を経て、生成AIやITを駆使し過去の事件を分析する女探偵に。社会科学領域の研究者(慶應義塾大学大学院を経てPh.Dr.)でもある。掘り下げたいテーマは、女性はなぜ政治の世界で「お飾り」になるのか、日本の「タテ社会」と「ムラ社会」は不変なのか、内部告発は組織の不条理に抵抗する最終手段なのか。