積極財政という表か裏かの話から少し踏み込んで、サナエノミクスについても是非、ご意見を伺いたいです。高市さんはまだ支持率が高い訳ではなく、人気度高いだけです。日本は保守ムーブだけで豊かになる国ではないでしょうから、やはり経済政策の中身が気になります。
先日のボスの記事で「アメリカはAIに日本の100倍投資している」というお金の投じ方、世界経済の行末について、とても示唆的なお話がありました。サナエノミクスはまさに日本国のお金の投じ方の話なので、選挙前によく学んでおくべきと思うのです。 佐野
サナエノミクスは正しい
佐野さん、ご質問ありがとうございます!すごく大事な質問なので、ちょっと長くなりますが少し詳しめに回答します。
ご指摘のとおり、高市政権の経済政策を評価するには、積極財政や消費税減税という一言で片付けず、サナエノミクスの全体を考える必要があります。
そもそも今の日本経済を復活させるにはどのような政策が必要でしょうか。ざっくり言うと、
①物価上昇の影響軽減のための物価高対策(経済の需要面への働きかけ)
②失われた30年で大きく低下した経済の競争力の回復に向け、産業・企業・労働者の生産性の向上(経済の供給面への働きかけ)
の二つが必要になります。
そう考えると、サナエノミクスは、①については減税や補助金などで対応し、②についても重要17産業への投資減税や補助金などを呼び水にして民間企業の投資や賃上げを大幅に増やそうとしているので、理屈の上では正しい方向を目指していると言えます。
ただ、それが本当に正しかったかという結果が分かるまでには数年かかります。①の需要面の政策の効果は1年以内にすぐ出ますが、②の供給面の体質改善の効果が出るには数年はかかるからです。
そう考えると、サナエノミクスが成功するには、①の政策を毎年繰り返して国民の期待を繋げ止めつつ、②の政策を継続・強化することが必要となります。
ちなみに、サナエノミクスに対しては、世界最悪の借金を抱える日本が積極財政を続けたら、国債の金利が急上昇して財政破綻を招きかねない、という批判がよく言われます。しかし、こうしたステレオタイプの批判には注意してください。
長くなるので詳細は略しますが、例えば来年度予算は積極財政というよりまだ緊縮予算です。インフレのお陰で政府予算のGDP比も低いままです。ただ、金融市場はそうした理論的な面よりも雰囲気で動く傾向があるため、最近も金利が急騰しました。なので、高市政権は金融市場との対話を強化して、金融市場が暴走しないように注意する必要があります。
サナエノミクスの懸念点
ところで、サナエノミクスで難しいのは、①は比較的確実に成果が期待できますが、②の方で成果を出すのはかなり大変ということです。
企業が生産性を高めるには、投資や賃上げをもっと思い切って増やす必要があります。労働者が生産性を高めるには、スキルアップなどを頑張る必要があります。政府の力だけでは生産性は高められないのです。
現実はどうでしょうか。今の日本の企業部門(金融を除く)は300兆円という、日本のGDPの半分にも及ぶ膨大な現預金を保有しています。投資や賃上げの原資は山ほどあるのです。それなのに、経営者は未だにデフレ時代の感覚を引きずっているのか、投資も賃上げも程々にしか増やしません。
企業のこの行動パターンを大きく変えさせるには、現段階の②の政策だけではまだ不十分です。投資減税などの財政出動を更に強化する、思い切った規制改革も進めるなど、②をどこまで強化して企業に過剰に溜め込んだお金をもっと使わせられるかが大事です。
より難しいのは、労働者の生産性を高められるかです。残念ながら日本人は本当に働かなくなりました。日本人の年間総労働時間は今や米国やイタリアよりも少ないのです。かつ、若い人ほど、仕事を頑張って(=自分の生産性を高めて)収入を増やすより、プライベート充実や自己実現などを優先するようになっています。
こうなってしまったのは、スマホの普及、コロナの経験、政府の働き方改革の悪弊など様々な原因がありますが、一度定着した人間の行動を変えるのは大変です。おそらく賃上げだけでは行動を変えないでしょう。
個人的には、ここをサナエノミクスでどう変えられるかがすごく重要と思っています。その観点からは、例の「働いて働いて働いて・・・」発言は的を得ていると思いますが、高市総理が持ち前の明るさと前向きな姿勢で経済や社会の空気感をどこまで変えられるかの勝負になるのではないでしょうか。
個人的にはサナエノミクスに期待してます!
懸念すべき点を列挙しましたが、私はサナエノミクスは経済政策として正しいと思っていますし、成功して強い日本経済を復活させることを期待しています。
強い経済を実現するには、経済政策の観点からは、”成長”と”再分配”をバランスよく実現することが必要です。でも、衆院選に向けた各党の公約を見ると、野党の公約はバラマキによる再分配の強化ばかりで、これを実行したら失われた30年が40年になるだけです。その点、サナエノミクスは成長と再分配の双方が視野に入っているので、最も優れていると思います。
ちなみに、日本経済の強みは現場の力であり、改善を繰り返して一のものを十にまで進化させる力です。なので、例えばAIに関して言えば、企業の規模が違い過ぎるので米国や中国のように巨額の投資は期待できませんが、日本が強みを有する産業へのAIの応用などでは独自の勝ち筋を作れるはずです。それを実現するためにも、サナエノミクスで企業に目一杯の投資と賃上げを促すしかないと思います。

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。
