
「最初は、事故かと思いました」
そう話すのは、都内の中小企業で管理職を務める40代男性です。
数か月前、部下の20代男性社員が突然出社してこなくなりました。前日までは普段通り勤務し、同僚とも普通に会話していたといいます。
「体調不良かなと思ってLINEしたんですが、返信がなかったんです」
すると、その日の午前10時頃、会社宛に一通のメールが届きました。
送り主は“退職代行業者”。
内容は、「本人に代わって退職の意思を通知する」「今後、本人への直接連絡は控えてほしい」というものでした。
「本当に急でした。昨日まで普通だったので」
男性によると、その社員は入社2年目。勤務態度に大きな問題はなく、会社側も“突然辞める兆候”を感じていなかったといいます。
しかし現場は混乱しました。
「引き継ぎが完全に止まりました。担当していた案件の進捗が分からない。取引先とのやり取りも本人しか知らない。パソコンを開いて確認するしかなかった」
さらに困ったのは、“本人と一切連絡が取れなくなったこと”でした。
「業者側から“本人へ直接連絡しないでください”と言われるので、確認したいことも聞けないんです」
会社には私物も残されたままでした。
デスクには飲みかけのペットボトル、ロッカーにはスーツ。まるで“途中で消えた”ような状態だったといいます。
「怒りというより、最初は不気味でしたね。“人ってこんな急にいなくなるんだ”って」
一方で、男性は「本人を一方的に責める気にはなれない」とも話します。
「今思えば、かなり疲れてたのかもしれません。残業も多かったですし、上司との関係で悩んでいた話も後から聞きました」
近年、退職代行サービスの利用は急増しています。
SNSでは“ブラック企業から逃げる手段”として語られることも多い一方、実際の現場では、“突然人が消える”ことによる混乱も起きていました。
「昔は、辞めるなら直接言うのが普通でした。でも今は、“辞めます”を言うこと自体が無理な人もいるんでしょうね」
そう語った男性は最後にこう付け加えました。
「ただ、昨日まで普通に働いていた人が、次の日には完全に消える。その感覚には、今でも慣れません」

櫻麗
猫と紅茶があればご機嫌です
