情報提供・ご意見ご感想などはこちらまで! 記事のご感想は一通一通ありがたく読ませて頂いております。

日本の自動車産業の危機を考える

世界のEV競争で周回遅れという現実

 日本経済を代表する産業といえば誰もが自動車産業を思い浮かべると思います。実際に自動車産業は、すべての関連産業を含めると、なんと日本の就業人口の8%に当たる550万人もの雇用を創出しています。それら雇用が産み出す消費の大きさを考えても、自動車産業はまさに日本経済の屋台骨と言えます。

 その自動車産業がEV(電気自動車)シフトという大変革に直面する中、トヨタを筆頭とする日本の自動車メーカーが世界のEV競争で既に周回遅れになっている現実をご存知でしょうか。

 例えば、2022年の世界の新車販売台数を見ると、全体(内燃機関車+電気自動車)ではトヨタが1,048万台でぶっちぎりの首位でした(2位はVWグループで826万台)。

しかし、世界でのEVの販売台数を見ると、首位のテスラ131万台、2位がBYD(中国)91万台に対し、トヨタは僅か2万台で27位に沈み、他の日本メーカーも同じようなポジションでした。

 もちろん、市場規模で考えると、世界の自動車市場が全体で7,600万台に対してEV市場はまだ720万台に過ぎず、まだ焦る必要はないのかもしれません。しかし、欧州や中国、米国などで政府が自国の自動車市場のEVシフトを明確な方針とする中、世界のEV市場が毎年急速なペースで拡大していることを考えると、日本の自動車メーカーの出遅れは非常に痛いと言わざるを得ません。

 実際に、EV関連の新技術が数多く展示され自動車見本市の様相を呈した世界最大の家電見本市CES(1月@米国)でも、展示された150台以上のほとんどがEVで、中国の新興EVメーカーが多数参加した上海モーターショー(4月)でも、日本の自動車メーカーの存在感は皆無でした。

 

なぜ周回遅れになってしまったか

 それでは、なぜトヨタを筆頭に日本の自動車メーカーは世界のEV競争でここまで遅れてしまったのでしょうか。二つの大きな理由があると思います。

 一つは自動車メーカーの戦略ミスです。環境の観点から内燃機関車とEV車のどちらが本当に良いのかについては賛否両論ありますが、おそらく技術に自信のある日本の自動車メーカーは、内燃機関車やハイブリッド車の方が環境に良いと心底信じ、主要国の政府も極端なEVシフトをいずれ修正すると期待していたのでしょう。かつ、まだ内燃機関車とハイブリッド車で十分に儲かるので、それを続けたいとも当然思っていたはずです。

 もう一つは、自動車産業を所管する経産省の過ちです。世界の情報を集めてつぶさに分析すればEVシフトの方向性は変わらないと分かるはずなのに、自動車メーカーを説得して先手を打ったEVシフトを促した形跡はありません。欧州、中国、米国と、政府が民間ビジネスに介入する産業政策が当たり前に行われている中で、その産業政策の元祖である経産省が何も出来なかったのです。

 それに加えて、マスメディアや自動車業界に詳しい評論家などが、日本の自動車メーカーがEV競争で周回遅れになっている現実をしっかりと報道・批判しないことも問題と思います。報道しない理由は、大広告主である自動車メーカーを怒らせたくないので、逆に自動車メーカーの意に沿った報道ばかりになってしまうのでしょう。しかし、そのような忖度ばかりでは、健全な批判に基づく正しい緊張感や危機感が自動車メーカーの側に醸成されるはずありません。

 

日本の自動車メーカーはEVで挽回できるか

 それでは、日本の自動車メーカーは世界のEV競争での大幅な遅れを挽回することができるのでしょうか。個人的には、今となってはかなり厳しいのではないかと懸念しています。

 そもそも車のEVシフトは、環境への貢献というよりも、車のスマート化(=“車のスマホ化”)の進展という観点から捉えるべきです。車の世界にデジタルが侵食したことで、内燃機関というハードウェアではなく、ソフトウェアが車の機能や性能を定義する時代が来たのです。そうなると、デジタルと食い合わせが良いのはアナログな内燃機関ではなく電池・モーターなので、環境的にどうであろうが必然的にEVシフトが急速に進むことになります。

そして、スマホの世界市場でアップルのiPhoneが絶大なシェアを維持していることから分かるように、最初にソフトウェアのプラットフォームを確立した企業は、サービスの多様性などの使い勝手やコスト競争力の観点で圧倒的に優位に立つことになります。

つまり、EV競争での日本の自動車メーカーの出遅れは、車のスマート化というデジタルの観点から考えると致命的である可能性があるのです。

 ちなみに、トヨタは2026年までに年間150万台のEV販売を目指す計画を公表していますが、これは昨年段階のテスラの生産台数と大差なく、世界のEV市場の拡大のペースを考えるとすごく控え目です。もしかしたらトヨタは未だにEVを内燃機関車の延長として捉えているのかもしれませんが、それでは、EVをスマホの延長と捉えて取り組んでいる世界の新興EVメーカーに勝つのは至難の業かもしれません。

 しかし、もし本当にEV市場での日本の自動車メーカーの負けが確定し、自動車産業が1990年代の家電産業や半導体産業のように国際競争力を失ってしまったら、それじゃなくても人口減少などで厳しい日本経済に、更なる甚大な悪影響が生じることになります。それだけは絶対に避けなければなりません。

 大の車ファンでありトヨタファンでもある私としては、トヨタが心底目覚めて本気でEVに取り組んで数年内にEV市場で大躍進を遂げ、他の自動車メーカーもそれに倣うことを祈るような気持ちで期待しています。読者の皆さんも、皆さんの暮らしにも影響を与えかねない自動車メーカーのEV対応について、関心を持ってフォローしてもらえればと思います。

 

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

タイトルとURLをコピーしました