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石丸氏が成し遂げた選挙活動の二つの革新

インフルエンサーの成功モデルで165万票を獲得

 7/7の東京都知事選での石丸氏の大躍進からは、特にこれまでのやり方に慣れた政治関係者ほど学ぶべきことがたくさんあります。

 実は私はネット上のビジネスモデルの進化や、ネットが人間の脳や行動に及ぼす影響についても研究しているのですが、その立場から、石丸氏は選挙活動に幾つかの重要な革新をもたらしたと考えています。

 ネット上は“アテンション・エコノミー”と言われる位に、インフルエンサーやネット企業などが、いかにユーザの関心を惹いて自分のコンテンツに時間を割かせるかを競っています。

ネット上ではユーザは論理よりも直感で判断・行動するので、そこで大事なのは、コンテンツの中身よりインパクト(過激さ、共感性など)であり、またユーザが自分のコンテンツを何度も見て“ハマる”ように仕向けることです。

 石丸氏は、安芸高田市長時代に“政治屋”など過激な言葉を多用し、市議会議員などを罵倒する動画を頻繁に投稿しました。それらの動画を、多くのYouTuber達が加工・拡散したことで、石丸氏は“既得権益者を叩く改革者”という地位を確立しました。インフルエンサーの成功モデルそのものです。

 そして、石丸氏は都知事選でも同じアプローチを徹底したことで、結果として165万もの得票数を獲得したのです。

 

石丸氏が成し遂げた二つの革新

 こうした観点から考えると、石丸氏は選挙活動に二つの大きな革新をもたらしたと言えるのではないかと個人的には考えています。

一つは、ネット・SNSは、そのエコシステムを正しく最大限活用すればマスメディアを凌ぐ影響力を持つと証明したことです。

言い方を変えれば、インフルエンサーの成功モデルは選挙活動にも適用できることを証明したとも言えます。特にそのアプローチは、既存政党がこれまで取り込めず、投票にも行かなかった若者層に対して有効でした。

 もう一つは、今の時代にふさわしい政治と有権者とのコミュニケーションのあり方を示したことです。

 実際の選挙演説を聞いた人によると、石丸氏は演説で自身の公約や政策の内容を長々と語るようなことはせず、むしろ「政治を変える」などの短いインパクトある言葉を使い、あとは分かりやすい柔らかい話が多かったようです。

 既存政党の候補者が演説をする場合、公約や政策の小難しい中身を長々と話すことが多いのと比べると、石丸氏はそれと正反対の演説をしたのですが、ある意味でそれこそが石丸氏の先見性であり革新性ではないかと思います。

というのは、若者層を中心に多くの人が毎日かなり長時間スマホを使う影響で、人々の日常の認知行動のパターンが質的に変化しているからです。

 スマホで日常的にTikTokの動画のようなインパクトあって短くて分かりやすいコンテンツばかりを観ていると、ネット上に限定せずリアルの世界でも無意識のうちに常にそうした内容のものを求めるようになり、逆に難しい内容、長い内容のものは受け付けなくなります。

リアルの世界ではやることがたくさんあり、ネット上には魅力あるコンテンツが溢れ、みんなすごく忙しいのです。だから“タイパ”という言葉が流行るのです。そこに小難しくて長い話をしても、誰も関心を持ってくれません。

 そうした人々の行動変化を分かっていたからこそ、石丸氏は政策の小難しい内容をダラダラ語るよりも、短いインパクトある言葉で聴衆の関心を引き、ゆるい話で共感を得る演説をやったのではないかと個人的には邪推しています。かつ、その動画をネット上で拡散すれば効果抜群です。

これが石丸氏の言うところの“政治のエンタメ化”なのでしょうが、言い方を変えれば、聴衆の側の行動変化に対応した、政治の有権者とのコミュニケーションのあり方の進化と捉えられると思います。

 

政治関係者の見当違いな批判

 ところで、政治家や政治部記者の皆さんは、石丸氏の公約は抽象的で弱いし政策の中身がないとよく批判していました。私も石丸氏は“政策の人”としては評価していません。しかし、こうした批判は、ある意味で政治のプロ筋の見当違いではないかとも思えます。

 そもそも昔から多くの有権者は細かい政策にさほど関心があった訳ではありません。政策に関する詳しい知識がないのだから当然です。それよりも、この人なら自分の不満・怒りを代弁してくれる、世の中を変えてくれる、自分の周りを良くしてくれる、といった期待感の方が大事だったのです。

 だからこそ、例えば2001年に小泉純一郎氏が自民党総裁選に勝利した時、国民は郵政民営化という政策の意義など分からないけど、“自民党をぶっ壊す”という言葉で小泉総理の誕生を後押ししたのです。

 スマホが世の中に存在しないその頃でもそうだったのですから、ましてスマホで人々の認知行動のパターンが大きく変わった今は尚更のはずです。

そう考えると、図らずも今回の都知事選で明らかとなったのは、有権者の側の変化を踏まえて政治と有権者のコミュニケーションのあり方を進化させた石丸氏と、旧態然とした演説を行ったり、また石丸氏を批判するプロ筋の政治関係者の好対照だったのではないでしょうか。

 

自民党はトップの首のすげ替えだけでは再生しない

 石丸氏の凄さを分析すると、逆に自民党は大丈夫かと心配になります。

 自民党は都知事選と同日に行われた都議会議員補欠選挙で2勝6敗と惨敗でした。政治資金疑惑で有権者から見放されたままです。自民党全体の不祥事なのに未だにトップの岸田首相が何も責任も取らないのだから当然でしょう。

その自民党では9月に総裁選があります。岸田首相が選挙の顔では次の国政選挙を戦えないから、新たな総裁を選んで刷新感を出すべきだという声が強いですが、逆に言えばトップの顔をすげ替えるだけで十分でしょうか。

 そもそも政治家の最も大事な役目はコミュニケーション、つまり言葉で有権者を説得することですが、石丸氏が証明したように、スマホとネットの影響で有権者の側の認知行動のパターンが大きく変わってしまったのです。

それを踏まえると、トップの顔だけすげ替えても、そのコミュニケーションのやり方が旧来の自民党のまま(官僚の作文の棒読み)で、大胆な政策変更などの行動も伴わなかったら、有権者の自民党への信頼は戻らないでしょう。有権者は一度見放したものにまた注意と関心を払うほどヒマではないのです。

 そう考えると、少なくとも有権者とのコミュニケーションを従来型のつまらないやり方から進化させられる人、具体的には、それじゃなくても忙しい有権者の関心・注意を惹くことができ、また彼らの不満・怒りを受け止めて共感に転換させられるくらいに、言葉や話術を巧みに使いこなせる人がトップにならなければダメではないかと思います。

 もちろん、石丸氏のやり方が唯一の正解ではありません。独自のやり方で有権者の認知行動の変化に対応できる人がトップになる必要があるのです。

 ちなみに、私は都議会議員の補欠選挙で自民党の閣僚や幹部の方々の演説を聞く機会があったのですが、この観点からは、小泉進次郎氏の演説が抜群にうまかったのが非常に印象的でした。石丸氏のように激しい言葉は使いませんが、話術の巧みさと分かりやすさで演説の間中ずっとすべての聴衆の注意と関心を惹き続けたのです。

 こうした人が新しい総裁となり、独自のやり方で自民党と有権者とのコミュニケーションを進化させ、かつ自民党の政治のやり方や政策を大胆に変更させない限り、自民党への国民の信頼はなかなか戻らないのではないでしょうか。

もちろん、同様のことが立憲民主党や他の野党にも言えます。全ての既存政党が、有権者とのコミュニケーションのあり方を進化させられるかが問われているのです。石丸氏を一時のブームとしか捉えず、その成し遂げた示した革新から学べない政党は、今後一層有権者から見放されて衰退するだけでしょう。

 

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

 

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