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東京の国際競争力の低下?


 最近個人的にちょっと心配になっていることがあります。それは、アジアの主要都市が成長や魅力を激しく競う中で、東京は今やアジアの都市の盟主になりつつあるシンガポールにどんどん差をつけられているのではないか、ということです。

 そう思ったきっかけは、米国で今もっとも人気あるポップ・シンガー、テイラー・スウィフトのワールドツアーの予定です。来年春にアジアでは東京とシンガポールでのみコンサートを行うのですが、その回数を見ると、東京は4回に対してシンガポールは6回と、東京がシンガポールに負けているのです。
 たかがコンサートの回数で、と思う人が多いでしょうが、この事実はシンガポールが経済力のみならず都市の魅力の面でも成長を続ける一方で、東京が停滞を続ける現実を如実に物語っているのではないかと思います。

 シンガポールは、国土の面積は東京23区を少し大きくした程度(奄美大島とほぼ同じ)、人口は560万人と東京都の4割程度、経済の規模の大きさ(GDP)も東京都の5割程度です。つまり、外形的には東京よりも小さいのです。
でも、経済の豊かさを示す一人当たりGDPを見ると、シンガポールは82,800米ドル(2022年)、つまり1千万円を超えているのです。これに対して日本の一人当たりGDPは、日本全体で536万円(2021年)、東京都でも826万円(2019年)です。
つまり、シンガポール政府が経済の競争力を高めるために様々な政策(優秀な人材や企業を世界中から誘致、空港や港湾などのインフラの強化など)を講じてきた成果として、建国から60年に満たない若い国にも拘らず、今や経済の面では東京より圧倒的に上の存在になっているのです。
実際、多くのグローバル企業やヘッジファンドがアジアの拠点を東京でなくシンガポールに置いていますし、欧米人がアジアで起業する場合も東京ではなくシンガポールが選ばれます。

 ただ、シンガポールは歴史が浅い人造国家ゆえに文化などの蓄積はないので、食文化や伝統文化からポップカルチャーまで多様な文化資産を誇り、かつ狭い国土に多様な自然環境を持つ日本の中心である東京は、コンテンツや観光といったいわゆる“ソフトパワー”の面ではシンガポールより圧倒的に上のはず、と私は思い込んでいました。

 ところが、シンガポール政府はこの10年ほどの間に、リゾートや自然環境の整備、現代美術の集積エリアの整備や見本市の開催、F1等のスポーツイベントの誘致など、文化と観光の強化にも取り組んできました。それらが功を奏し、今やシンガポールは観光の場としての魅力を高めることにも成功したのです。それがコンサートの回数に表れているのではないでしょうか。
テイラー・スウィフトの世界での人気は凄まじく、例えば、全米ツアーではチケット争奪戦が繰り広げられ、コンサートが行われる都市には遠くからも多くの人が訪れるので、コンサート前後はその都市のホテルがどこも満室になり、地元の飲食店の売上も激増する、といったことが頻繁に起きていました。
 また、テイラー・スウィフトは来年春に豪州でもコンサートを6回行うのですが、先日そのチケットが発売されたところ、多くの豪州のファンがソーシャルメディア上で“豪州の人間のためのコンサートなのだから、他国の人はチケットを買って豪州に遠征しようとするな、”と叫んでいました。それくらいに、テイラー・スウィフトのコンサートは“民族大移動”を引き起こすのです。

 私が言いたいのはまさにこの点です。テイラー・スウィフトのコンサートとなれば、近隣諸国(日本なら韓国・台湾・中国、シンガポールなら東南アジア諸国やインド)はもちろん、米国など遠くからも観にくるファンが多いはずです。
 もちろん、コンサートの回数の違いには、シンガポールと日本(及び近隣諸国)におけるファン層の数の違いも間違いなく影響しているはずです。
それでも、かつては欧米の有名アーティストのアジア公演というと東京がメインであったことを考えると、シンガポールの富裕層の多さに象徴される経済の活力の差(チケットは定価で最高12万円)、近隣諸国や欧米からのアクセスの容易さ(シンガポールのチャンギ空港はアジアのハブ空港の一つ)、観光都市としての魅力の向上(海外からコンサートを観に来る人は当然観光もする)といった要素が影響して、著名コンサートが開催される場所(=文化が栄えている場)としても東京は地盤沈下を始めているように思えます。

 では、なぜ東京は経済でも文化でもシンガポールに完敗してしまったのでしょうか。東京都知事が何もしていないからに尽きます。
シンガポール政府はまず経済を強化して、次いで文化を強化するという戦略的な取り組みを進めてきました。それに対して、日本政府がその双方で失敗しているのも論外ですが、国家戦略特区など自治体の首長が自分の地域限定で制度改革や振興策を講じる仕組みがあるにも拘らず、小池知事はそれらを活用して東京都の競争力や魅力を強化してきたとはとても言えません。
 むしろ小池知事は、これまでの任期の間、築地市場の問題や東京オリンピックやコロナ対応など、内向きの問題ばかりやってきた感があります。その悪影響で、東京はアジアのライバル都市と競争すべき立場なのに、都民の目線もすごく内向きになってしまったように感じられます。

 このままでは、日本全体の人口減少のペースに比例して、日本のみならず東京のアジアでの地位の地盤沈下もどんどん進んでしまうのではないでしょうか。小池都知事の責任は非常に重いと言わざるを得ません。


岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

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