「子どもの頃は、それが普通だと思っていました」

そう話すのは、宗教団体を脱会した30代の男性です。両親が熱心な信者で、生まれた時から宗教が生活の一部でした。
「毎週の集まりに参加し、学校の友達と遊ぶより宗教行事が優先でした。疑問を持つこと自体が良くないことだと思っていたんです」
転機となったのは社会人になってからでした。職場でさまざまな価値観を持つ人と接するうち、「うちの家庭は少し特殊だったのかもしれない」と考えるようになったといいます。
「友人と何気なく子どもの頃の話をしていて、『それって普通じゃないよ』と言われたんです。その一言がずっと頭に残りました」
そこから少しずつ宗教について自分で調べるようになり、最終的に脱会を決意しました。
しかし、脱会はゴールではありませんでした。
「一番つらかったのは親との関係です。『裏切り者』『人生が不幸になる』と言われ、しばらくは連絡も取れませんでした」
現在も両親は信者のままで、以前のような関係には戻っていないそうです。
一方で、脱会して初めて経験したことも数多くありました。
「クリスマスや初詣、誕生日を普通に祝うことです。多くの人にとって当たり前のことが、自分には新鮮でした」
宗教を離れたからといって、すぐに悩みが消えるわけではありません。
「何かを決めるたびに『これでいいのか』と不安になります。自分で考えて選ぶ経験が少なかったので、今でも迷うことはあります」
それでも男性は、「後悔はない」と言い切ります。
「宗教を否定したいわけではありません。ただ、自分で考えて、自分で選べる人生を送りたかった。それだけです」
宗教二世という言葉が社会で注目されるようになりましたが、脱会した後の人生はあまり語られていません。家庭、親子関係、そして自分自身との向き合い方―。
脱会とは、宗教を離れることではなく、「自分の人生を自分で選び直すこと」なのかもしれません。

櫻麗
猫と紅茶があればご機嫌です
