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“サラリーマン増税”を考える

 一部のメディアやネット上で“サラリーマン増税”が話題になっています。政府の税制調査会(政府税調)の中期答申で、退職金控除、通勤手当や住宅手当等の控除など、サラリーマンを対象とする様々な所得控除を圧縮する方向が出された、サラリーマン狙い撃ちで増税しようとする岸田政権はけしからん、といった内容です。
 しかし、個人的にはこの政権批判はちょっと的外れなのではないかと感じています。その理由として三つの点を指摘できます。

 第一は、税制改正のプロセスの観点です。税制改正において最も重要な存在は自民党の税制調査会(党税調)のインナーと称される幹部の意向であり、政府税庁の答申はこれまで常に軽んじられてきたと言っても過言ではありません。
 実際、かつて自民党の税制のドンと言われた山中貞則氏(古き良き自民党を代表する超大物の政治家の一人)は、かつて「政府税調は軽視しない、無視する」という名言を言い放った位です。
 もちろん、昔と比べると今の党税調の力が落ちたのは事実であり、今の党税調の会長である宮沢洋一氏は財務省の主張にすごく理解があることも考えると、政府税調の答申がかつてのように完全に無視されることはないと思いますが、それでも税制改正は常に政治主導であることを考えると、そこで書かれたことすべてがすぐ実現することなどあり得ません。

 第二に、政府税調の答申での各種控除に関する実際の書き振りです。この答申に目を通すと、例えば退職金控除については前提条件なしで「対応を検討する必要が生じてきています」と書かれている(96ページ)一方で、その他の課税対象から除かれている非課税所得については、「非課税とする意義が薄れてきていると見られるものがある場合には」などの前提条件を付けて「注意深く検討する必要があります」などの多少控え目な表現で書かれています(102ページ)。
https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/5zen27kai1_toshinann.pdf 
役人的な目線で言うと、この書き振りの差は大きいと思います。財務省は、前提条件なしで対応を検討する必要ありと書いている退職金控除にはすぐにでも手を付けたいのでしょうが、その他の控除については中長期的な課題と考えているのだろうと推測できます。

 第三は日本の現実の観点です。今や働く人の約4割が非正規雇用となっていますが、それらの方々は今回話題となっている正規雇用のサラリーマンが対象の様々な優遇税制のメリットをフルには享受できません。最近増えているフリーランスの個人事業主も同様です。
 かつ、人口減少が今後更に深刻になる中では、衰退産業/企業から成長分野に人材のシフトを促すことが政策としては必要となります。
そのように考えると、特に現在の退職金控除のように正規雇用のサラリーマンが定年まで勤め上げた方が有利となる税制優遇措置は修正する必要があるのではないでしょうか。
ちなみに、政策的に正しいからといって財務省を擁護する気はありません。政策の順番を間違えているからです。国会議員は、サラリーマンの優遇税制以上に優遇されています。例えば、月100万円もの文書交通費を提供され、その使途の領収書も求められないのですから。
まずこれらの非常識な優遇措置を是正して、その次にサラリーマン増税に取り組むべきであり、そうした点にまったく言及しないでは、政府税調の答申が世間から信頼されるはずありません。

 ただ、いずれにしても、今回のサラリーマン増税を巡る批判の盛り上がりから学ぶべきは、一部メディアのちょっといい加減な報道やネット上の無責任な言説をそのまま信用してしまうようなことはせず、自分も問題と思ったら、まずは一次情報(今回で言えば政府税調の答申)を自分で確認することが大事という、当たり前のことになるのではないかと思います。

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岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

 

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