前回からの続きです。
“103万の壁”は政策を進化させるチャンスなのに。。。
次に政策立案の面で最大の課題は、国民民主党の公約である“103万の壁”への対応ですが、これも現状では全然ダメだと思います。
これまでの自民党の経済政策は高齢者と企業へのバラマキが手厚い一方で、働く現役世代に対する支援は手薄でした。しかし、現役世代が貧しくなった(勤労者の平均給与は米国の半分以下)現実を踏まえると、経済団体への賃上げ要請だけでは不十分で、現役世代への支援も強化することが不可欠です。
つまり、国民民主の主張である“現役世代の手取りを増やす”ための政策を取り入れるのは、自民党の経済政策を高齢者・現役世代・企業とバランスが取れた正しい方向に進化させる絶好の機会のはずです。そして、それは次の選挙で無党派層や浮動票を取り込む観点からも不可欠のはずです。
それにも拘らず、自民党の対応は、国会審議で国民民主に賛成してもらうために不承不承ながら取り入れる感じに見えます。税収の減少幅や地方行政への悪影響など、霞ヶ関によるメディアの情報操作も盛んですから、役所に調整させて落とし所をまとめる程度にしか考えておらず、自民党主導で積極的に経済政策を進化させる気はないとしか思えません。
そして、最悪なのは、現役世代の手取りを増やすどころか、逆行して減らすことになりかねない年金制度改革での厚労省の暴走を官邸が何もコントロールしていないことです。
“106万の壁”に象徴されるように、厚労省は週20時間以上働く人をすべて厚生年金に加入させ、かつ、国民年金の支給水準を3割増やそうとしています。“将来受け取れる年金が増える”という触れ込みは聞こえが良いですが、その実態は、これまで以上に国民年金(自営業者、専業主婦など)の赤字を厚生年金のお金(サラリーマンと企業が払う社会保険料)で賄おうとしているのです。
厚労省はこうした方針を既定路線にしたいので、頻繁にメディアに情報をリークして厚労省の意向に沿った記事を書かせています。それどころか、HP上では民間ビジネスなら詐欺まがいとなるようなキャンペーンまで展開しています(「年間給与120万円で厚生年金保険に25年加入した場合、年金を65〜80歳まで15年間受給すると(年金支給額が)累計220万円増額」とあるが、25年間保険料を払い続けると、払う保険料の総額は270万円で損となることが明示されていない)。
https://www.mhlw.go.jp/content/001248478.pdf
経済運営を担う与党として、年金制度の安定性など多くの政策目標を達成しなくてはいけないので、現役世代の手取りを増やすことばかりに注力できないのは分かります。でも、選挙の教訓からは、遠い将来のお金である年金と同等くらいに国民の今の生活苦にも配慮する必要があるはずです。それにも拘らず、厚労省の暴走を一切抑えようとしない官邸や自民党は、何を考えているのか心配になってしまいます。
今のままでは自民党は賞味期限切れ
以上から、残念ですが、石破政権は選挙の教訓を活かして党運営と政策立案を修正・進化させようとしているようには見受けられません。この状態が続くと、来年の参院選でも自民党はまた惨敗するのではないでしょうか。そうなったら本当に政権交代です。
今の自民党は、昔ながらのやり方に拘って環境変化についていけず競争力を低下させ衰退していった伝統的な大企業と同じように見えます。もう賞味期限切れが近いという健全な危機感を持てないものでしょうか。。。
岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。