和歌山県田辺市の「紀州のドンファン」こと野崎幸助さん(以下、被害者)が大量の覚醒剤を飲まされ殺害されたと考えられている事件の被告人である元妻・須藤早貴氏が無罪となりました。検察が示したすべての状況証拠が退けられた結果です。検察が控訴するのはほぼ確実ですが、状況証拠だけで第一審を覆すことは難しいでしょう。
吉田隆氏撮影
しかし被告人が被害者を殺害しているのは確実だと思われます。
セクシーアダルトビデオ(いわゆるAV)に出演していたことを被害者に知られ離婚話が濃厚になるという追い詰められた文脈のなかで、被害者の死後に莫大な遺産を手にしようと企んでいた55歳年下の彼女は焦り、殺害するしかないと考えた。動機は十分です。
状況証拠もそれなりには揃っていました。例えば、売人は「覚醒剤を売った」と証言しています(ただし注文を受けた売人は「あれは氷砂糖だった」と証言している)。彼女の検索・閲覧記録は、事件前に「老人 完全犯罪」「覚醒剤 過剰接種」「遺言書の書き方」、事件後に「殺人罪 事項」「自白剤」「殺人 自白ない」というものでした。つまり被告人は覚醒剤を用いた殺害方法とそれがバレない方法を模索していたのです。
知人に「夫の死後遺産を相続する」と話していたことは被害者の死を待っていたことを示すものですが、 AV出演歴がバレてしまったことによる「離婚の危機」が勃発したため死を待る時間的余裕を失い自ら手を下したと考えるのは合理的ではないでしょうか。被害者が亡くなったのはAV出演歴を知られた直後だったのはそのことを示すもの。
わずか3ヶ月ほどの結婚生活は愛情とはかけ離れた「カネの関係」でした。被告人は過去にも詐欺罪に問われており、自身の利益のためには手段を選ばない冷酷さが明らかです。莫大な遺産への執着によって価値観が歪められ、計画的かつ非情な完全犯罪を成し遂げようとしたモンスターの片鱗を彼女に重ねてしまうのは私だけではないはず。
女探偵 堺浄(さかい・きよら)
政治家を経て、生成AIやITを駆使し過去の事件を分析する女探偵に。社会科学領域の研究者(慶應義塾大学大学院を経てPh.Dr.)でもある。掘り下げたいテーマは、女性はなぜ政治の世界で「お飾り」になるのか、日本の「タテ社会」と「ムラ社会」は不変なのか、内部告発は組織の不条理に抵抗する最終手段なのか。