情報提供・ご意見ご感想などはこちらまで! 記事のご感想は一通一通ありがたく読ませて頂いております。

『軌道エレベーター』岡田斗司夫

「セルロース・ナノファイバー」という新素材が発表された。
鉄に比べて、重さが1/5。ひっぱり強度は5倍。
軽くて強いのだ。自動車や建築用の「軽くて丈夫な素材」として、注目されている。

特に電気自動車の場合、加速性能をあげるには車体を軽くするのが一番だ。
交通事故も、車体が軽いほうが被害は少なくなる。

建物だって軽いほうがいい。
重い建材は丈夫だが、震災の時につぶれたときの被害は大きい。軽くて丈夫な素材は、みんなが求めているのだ。

でも、そんな日常的なことは、僕にとってはあんまり嬉しくない。
根っからのSFファンである僕がそれを聞いて、真っ先に思い浮かべたのが「軌道エレベーター」への応用だ。

軌道エレベーターとは、地球上から衛星軌道までワイヤーで吊り下げたゴンドラを動かす、ながーいエレベーターだ。
いまスペースプレーン計画とか、民間が宇宙旅行のコストダウンに取り組んでいるが、最終コストは2000万円くらいになると言われている。

ところが、軌道エレベーターが実現できたら、経費の見積もりは1/500くらい。約4万円で宇宙までの移動が可能になってしまう。
「宇宙ステーションに、修学旅行に行きましょか」という価格まで下がることになる。

軌道エレベーターは、1970年くらいからアイデアとしては存在した。
実現できなかった唯一のハードルが、素材だ。
ちょっと長くなるけど、この建造物の原理を説明しよう。
軌道エレベーターといわれると、「地球上に塔をたて、それをどんどん高くもちあげて、宇宙空間まで到達させる」と考える人も多いと思う。

まず、宇宙空間に静止衛星を打ち上げる。
この静止衛星から、地球上にケーブルをまっすぐ下にたらす。
このケーブルをつたって、エレベーターを上げたり下げたりするのだ。
ケーブルは静止衛星を挟んで、正反対の宇宙側にも、同じ重さ、長さを伸ばさないといけない。そうしないと重心位置が狂い、軌道が狂ってしまう。
その反対側に伸びたケーブルには、火星とか土星に向けて、宇宙船を放り投げるためのカタパルトにもなる。利用価値があるのだ。

さて、宇宙空間から地球へと垂らされるケーブルは当然、強くて軽いものでないといけない。
今までも、スチールウィスカーやカーボンナノチューブとか、いくつかの素材が開発されたけど、やっぱり強度が足りなかったのだ。
「セルロース・ナノファイバー」の登場で、やっと可能になるかもしれない。
ロケットみたいに、たくさんのエネルギーを浪費して、大気汚染をまき散らすという地球に厳しい方法は、過去の遺物になるだろう。
というわけで、僕はひそかに「いよいよ軌道エレベーターの時代が来るか!?」と注目しているのだ。

ただし、本当にこの軌道エレベーターが実用化されると、新たな国際競争が開始されることは避けがたい。国際紛争の火種になるかもしれない。
軌道エレベーターができて、宇宙空間に安く行けるようになったら、大陸間弾道ミサイルにしても、現在のようにロケットで飛ばすなんていう効率の悪いことはしなくなる。
安くてお手軽な軌道エレベーターを使うようになるはずだ。
つまり「軌道エレベーター」の領有権を巡って、国際競争が激しくなるはず。

ところが、軌道エレベーターを設置できるのは、静止衛星が真上にある赤道付近だけなのだ。中米とかアフリカの、ごく一部の国ということになる。
現在、アメリカ、中国、ロシア、どの軍事大国も、赤道の上に国土をもっていない。
地政学的に言うと、一気に、赤道付近の国が有利になる。
宇宙位置資源とでも言えばいいのだろうか。
地下資源がなくても、農業に向く環境でなくても、赤道が自国の上を通っているというだけで、圧倒的に有利になるのだ。

どの超大国が、どの赤道直下付近の国と契約して軌道エレベーターを作るのか、まだ白紙の状態だ。
が、軌道エレベーターの実現可能性が高まったとたん、その利権をめぐって、様々な思惑が一気に動くことは間違いない。
赤道直下の国は、現在、だいたい貧しい国だが、これから10年20年で大きく変わるだろう。
石油で一気に大国になったサウジアラビアのように、急に発言権が大きくなる国も現れるかもしれない。

そんなことより、ツアー価格が4万円になったら、僕は軌道エレベーターで宇宙に行くことにするか。
僕としては、そっちの方が大問題なんだけどね。

 

岡田斗司夫

タイトルとURLをコピーしました