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我らが「ニッポン国」、本当に暮らしやすい国なのか

我らが「ニッポン国」は世界でも有数の安心・安全な国。これは日本に対する通説的な評価といって差し支えない。その実感はあたしにもある。訳あって米国で暮らす夫(プラス犬)のもとに行くたびに、「周囲の人たちが銃を持っているかもしれない」恐怖に悩まされるし、交渉事の局面では自我の強さが必要だ。交渉を免れないのは、スーパーマーケットだろうが、遊園地であろうが、公共のトイレでだろうが劇場だろうが同じ。あちこちで齟齬や軋轢が起こるという犠牲と引き換えに、個が自由に生きることを保障している国だから。

必然的に、米国ほど「空気を読め」という同調圧力が効かない国はない、ということになる。これに対しニッポンはルールを重んじそれに従うという空気感が社会全体を支配している。空気は読まなくてはならないものだ。だけどあたしは時々この空気感に居心地の悪さを覚える。つまりそれは同調圧力だからである。

同調圧力社会のまずい点は、それが決して日本人一人ひとりの正義によって成り立つのではなく、同調しなければ社会(あるいは組織)から「ノケモノ」にされるといった焦燥感によって効くから。そして同調圧力は街のあちこちで目にすることができる。これは事務所の近くを流れる隅田川のほとり。およそ100mの距離を進むたった1-2分の間に個人の行動を規定するいわゆる「注意喚起」に最低5-6回は出くわす。まるで「注意喚起社会」だ。

これは釣りをする人へのご忠告。「投げ釣り」をするなら人に怪我をさせないよう注意しろって。

こちらはタバコを吸う人やジュースを飲む人に向けて。今持ってるゴミを捨てるなよっていうご忠告。

こちらは犬を買っている人向けのご忠告。犬の放し飼いはダメだってさ。

こちらは「花火禁止」。今6月だし季節外れだけどね。

どれも重要な指摘であることは理解するけど、100mの間にこれだけの注意喚起をされなきゃ、日本人は安心も安全も手に入れられないってことなんじゃないか。だとしたらもっと個人の自立と正義が必要だ。わざわざ言われんでも、自己の義務と責任において常識や慣習を鑑み、適切な行動をするのがオトナだ。そもそも、こうした空気感こそが人々の行動を委縮させ、本来であれば自由に楽しめるはずの公共空間を窮屈にしてしまう懸念だってある。

日本がもっと活気のある国になるためには個の尊重が不可欠。同調圧力を伴う安心・安全などというものは自由の犠牲の上に成り立つ。釣り人から愛犬家から何から何までの行動を規定し、縛ってしまう。そんな薄気味悪さを払拭するほどに、あたしは自由で、寛大で、自立的なニッポンを作りたいのである。

堺 浄(さかい きよら)近影。

 

 女探偵 堺浄(さかい・きよら)

政治家を経て、生成AIやITを駆使し過去の事件を分析する女探偵に。社会科学領域の研究者(慶應義塾大学大学院を経てPh.Dr.)でもある。掘り下げたいテーマは、女性はなぜ政治の世界で「お飾り」になるのか、日本の「タテ社会」と「ムラ社会」は不変なのか、内部告発は組織の不条理に抵抗する最終手段なのか。

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