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防衛費10兆円のリアリティと円安について  ~岸博幸


スパイ日記の読者の皆さん、ご無沙汰です。
幾つか質問をいただいたので、それへの答えを含める形で、6月に政府が発表した骨太の方針や国会閉会後の総理会見での発言の問題点を考えたいと思います。ちなみに、以下のような質問をいただきました。

・ドル円が一日で3円動いたりして、今は1ドル135円台が当たり前になってきましたが、この先の株や為替の展望を教えてください。

・岸田政権の骨太の方針では“少子高齢化対策”が非常に弱いと感じますが、岸さんはどう思われますか?

・国防予算をGDP2%にというのが自然の流れになってきましたが、いきなり2倍にするのはいかがなものでしょうか。


 私が政府発表文書を読んで最初に感じたのは、総花的に色んな政策という”手段”を羅列しているだけということです。つまり、本来は日本を将来どのような経済・社会にするんだという”目的”を明確にして、そこから逆算して政策の優先順位も明確にすべきなのに、目的が欠如する中で各省庁の官僚がやりたい政策だけを羅列しているので、説得力がないんです。人材やイノベーションへの投資など良い政策も入っているだけに、惜しいなあと思います。

 典型例を一つ挙げると、産業政策とエネルギー政策で言っていることがバラバラで支離滅裂です。
産業政策では、電気自動車を普及させる、米国と協力して最先端の半導体の工場を国内に作る、安全保障でサーバーも国内に置くなどと言ってますが、それらを実現するには膨大な量の電力が安価で供給することが不可欠です。

その一方でエネルギー政策では、この夏や冬にまた電力需給が逼迫して、節電要請を出すかもしれないと言っています。そんなギリギリの電力需給の状況で、多量の電力供給を必要とする最先端の半導体工場を作れるはずありません。

従って、もし産業政策での願望を実現したいなら、エネルギー政策の面では、まず電力供給量が落ちた最大の原因である電力自由化の制度設計のミスを認めて改善し、かつて世界一だった省エネ(90年代に欧州に抜かれた)の強化などに取り組むべきなのに、そんなことは骨太の方針のどこにもありません。

同じことは質問にある少子高齢化対策にも当てはまります。将来像で明示されているのは出生率を1.8にするという実現不可能な目標だけで、高齢者についてはほぼ触れられていません。だから政策もこども家庭庁の創設以外はこれまで継続している政策を呪文のように書いているだけです。これでは国民が将来の少子高齢化社会の具体像をイメージできないし、政策も説得的ではないので将来の安心も高まりません。

 ちなみに、これも質問にある防衛費をGDP2%(10兆円)に増やす件も同様です。私は、アジアの安全保障情勢の緊迫化を考えると、NATO諸国並みのGDP2%に増やすのはやむを得ないと思っていますが、その道筋が全然示されていません。

 例えば今年度の政府当初予算の規模は107兆円もあるので、一見すると5年くらいで防衛費を10兆円に増やすのは難しくないように見えますが、実は107兆円の7割強を占める76兆円は国債費、社会保障、地方交付税という固定費(予算規模の削減困難で、かつ毎年必ず支出する必要ある)となっています。
つまり、実際に自由に使い道を決められる予算は31兆円しかないんです。今年度で言えばそこから防衛費5兆円、文教予算5兆円、公共事業6兆円などを捻出しています。

こう考えると、防衛費をどうやって5兆円増やすかは非常に難しいんです。他の予算を削るのか、国債発行で賄うのか、経済をもっと成長させて税収増やすのか。。。その道筋を言わずに防衛費を10兆円にと言われても、正直私はリアリティを感じられません。

そして私の最大の不満は短期的な経済運営を事実上何もやっていないということです。日米の金利差が拡大すれば、そりゃ円安はもっと進みます。日銀の黒田総裁の失言もそれに拍車をかけました。しかし、現状で日本が金融政策を変更しにくいのも事実です。米国や欧州の物価上昇率は8%台と40年ぶりの高さですが、日本の物価上昇率(4月)は2.5%、生鮮食品とエネルギーを除くと0.8%とまだまだ低いからです。

 ただ、じゃあ政府は打つ手がないかというと、そんなことありません。金融政策を変更しにくいなら、それを財政政策である程度補うことはできるからです。私は具体的には、政府は少なくとも10兆円規模の正しい財政出動を早くやって、需給ギャップを縮小するとともに、円安の進行にもある程度の歯止めをかけることは可能と思っています(為替レートは金利差以外に経済のファンダメンタルズも反映するので)。

 そうした当たり前のことをやらないで、円安は良くないと口先介入しても、市場は足下を見透かしているので無理です。かつ、これから当分の間は円安とエネルギー価格高が並存するであろう(なので株価もそんなに上がらず年末に日経平均3万円も無理であろう)ことを考えると、私は今の岸田政権のやり方では日本経済を短期的にも長期的にも良くするのは難しいのではと心配しています。

 敢えて希望的観測をするとすれば、7月10日の参院選は与党が大勝ちするでしょうから、それから選挙のない3年間に君子豹変して積極的な経済政策を講じられれば明るい方向が見えるんですが、どうなることやら。。。

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岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

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