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米国の劣化が酷い

 11月の大統領選を控え、メディアでは米国の世論の分断がよく報じられますが、最近起きた3つの出来事を見ると、現実は分断どころか、米国では社会の劣化がどんどん酷くなっているように見受けられます。

3つの象徴的な出来事
まずその3つを羅列しておくと、一つ目はアカデミー賞授賞式での出来事です。受賞した米国人俳優が、オスカー像を手渡す二人のアジア系の俳優とは目も合わさず、他の白人俳優たちと喜びを分かち合う様子が物議を醸しました。
 これはよくある人種差別意識の発露ですね。多くの米国の白人の意識の根底にこれがあるのは否定できず、それを表に出さないようにしているのが現実です。何が原因かはともかく、それが表に出てしまったのでしょう。

 二つ目は、日本製鉄のUSスチール買収に対する反対論の盛り上がりです。USスチールの経営陣も大株主も買収に賛成なのに、労働組合が強く反対している延長で、トランプが買収阻止を主張し、バイデンも買収に慎重姿勢を表明するに至りました。
 買収反対のロジックを一言で言えば、伝統的な米国の会社は、国内で所有・運営される米国の会社であり続けるべきだというものです。はっきり言えば、人種差別の発想に近い企業差別ですね。

 そして三つ目は、TikTokの米国内での利用を禁止する法案が米下院で可決されたことです。この法案が上院でも可決されて成立したら、親会社である中国企業バイトダンスは、TikTokの米国事業を売却するか、米国でのビジネスから撤退するかを迫られることになります。
 この動きの背景としては、TikTokを通じて米国民のデータが中国政府に流出する可能性など安全保障上の問題が言われています。そうした懸念があるのは事実でしょうが、利用者の大半が若者で、アップされる動画の大半がどうでも良い内容ですから、その懸念がどれほどのものかちょっと疑問にもなります。
その一方で、TikTokの買収を狙っている前財務長官のムニューシン(今はファンドの経営者)は、TikTokは素晴らしいビジネスである、米国の企業が所有すべきだ、といった趣旨の発言をしています。
これらを考え合わせると、中国企業にTikTokの米国事業を売却させる動きは、もちろん米中対立と安全保障上の懸念が最大の要因ですが、USスチールと同じように、米国内の主要なプラットフォームは米国企業が担うべき、という企業差別の意識も多少あるのではと思えてしまいます。

米国社会の寛容さの後退
 これら三つの動きに共通するのは、上品な言葉で言えば米国第一主義、自国優先主義といったトランプ的な主張になるのでしょう。
しかし、より直裁に言えば、激しい格差拡大と物価上昇で多くの米国人が余裕を失う中で、米国の社会の寛容さ(=米国人や米国企業以外を受け入れる姿勢)が大きく後退している結果ではないかと思います。統計の数字からは米国の経済は絶好調ですが、好景気の恩恵を享受できているのは一部の大企業や富裕層のみ。その背後で米国の社会はどんどん劣化が進んでいるのです。
実際、格差拡大と物価上昇に加えて合成麻薬が蔓延しているので、米国の大都市はどこも治安がかなり悪化しています。ニューヨークでは地下鉄の安全確保のために州兵が動員されているくらいです。
そもそも、TikTok利用禁止法案という強権的な法律が、中国ではなく米国で作られていることからして異常です。それだけ米国は中国に対して余裕がなくなっているのでしょうが、USスチールへの対応や、メキシコ国境からの移民への対応などを見ていると、中国の延長で他の国々に対しても手当たり次第で不寛容になっている感じがします。

 そして嫌なのは、今後この米国社会の劣化は更に進む可能性が高いと考えられることです。11月にトランプが大統領に返り咲いたらもちろん加速するでしょうが、トランプが大統領選に敗れてもそれは変わらないはずです。
 というのは、どうも米国では新たな格差の拡大が進みつつあるからです。1990年代からのグローバル化とデジタル化で、まずホワイトカラーとブルーカラーの格差が拡大しました。そして今度は、AIの普及に伴い、ホワイトカラーの二極化が進んでいる感があります。AIに代替される仕事しかできないホワイトカラーはリストラされ、AIを使いこなして新たな付加価値を生み出せる一部の優秀なホワイトカラーは更に豊かになる、という構図です。

 もしこの予測が正しかったら、米国の社会は今後さらに不寛容になっていくはずです。実際、先に述べた3つの出来事はわずか1週間の間に立て続けに起きました。
日本は、安全保障の基軸は日米同盟、経済では米国が最大のパートナー、と常に米国頼りですが、その肝心の米国の社会と世論がどんどん劣化しつつあることを、そろそろ真剣に意識するようにした方が良いのではないでしょうか。何でも米国に頼れる時代は終わったと考えるべきです。
そう考えると、政治資金疑惑から見て取れる日本の政治の劣化(政治家の幹部がみんな自分の保身しか考えていない!)は本当に憂うべきことだと改めて実感しちゃいます。

 

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

 

 

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