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“解雇規制の見直し”を考える

 自民党総裁選で小泉進次郎と河野太郎が公約に“解雇規制の見直し”を掲げたところ、他の候補全員が反対し、野党やメディアも厳しく批判しています。そんなに間違った政策提案なのか、雇用の現実を踏まえて考えてみましょう。

 

正社員でも大企業と中小企業では正反対の解雇事情

 雇用の問題は非常に複雑です。そこで、事実のおさらいから始めると、解雇に関する法律上の規定は厳しくありません。民法第627条で解雇自由の原則が定められており、それへの制限としては、労働基準法の様々な規定で不当解雇が禁止され、また労働契約法第16条で解雇権の濫用が禁止されている程度です。

 その一方で、裁判の判例の積み重ねで“整理解雇の4要件”(人員整理の必要性、解雇回避努力義務の履行、解雇対象者選定の合理性、解雇手続きの妥当性)が確立され、この4要件を欠く解雇は解雇権の乱用となり無効となります。つまり、判例によって解雇が厳しく制限されていると言えます。

 この解雇規制を見直すという議論になると、社員を解雇しやすくなるという企業の経営側のメリット(=労働者にとってはデメリット)ばかりが強調されがちですが、それが本当に正しいのか、働く側の観点から考えてみましょう。

 そもそも、解雇の現実は法律の規定とはだいぶ違います。働く人、つまり雇用者は“正規社員”(終身雇用)と“非正規社員”(有期雇用)に分けられ、解雇規制が関係するのは正規社員ですが、中小企業の多くでは、労働組合がないこともあり、(景気が悪くなったら解雇しないと倒産するというロジックで)正規社員の解雇が比較的容易に行われ、その際に退職金や慰労金も支払われないことが多いようです。

 これに対して大企業の場合は、労働組合もあるので、経営側は訴訟を恐れて解雇は基本的に行わない(行えない)、やるとしたら事業部門閉鎖などかなり大規模なリストラが行われる場合だけ、というのが現実です。

 要は、正規社員については、中小企業では頻繁に解雇が行われ金銭も支払われないのに対して、大企業では解雇は基本的にはない、という両極端な状態になっているのです。

 ちなみに、非正規社員は、企業の業績が悪化したら真っ先に切られることになるので、解雇については正社員より更に弱い立場にあると言えます。

 以上から、働く人の解雇に対する立場の強さを順番に並べると、以下のような感じになるかと思います。

①大企業の正規社員(終身雇用で解雇ない)

②中小企業の正規社員(終身雇用だけど解雇あって金銭も支払われない)

③非正規社員(有期雇用だし立場はすごく不安定)

(大企業の正社員でもバツをつけられたら閑職に追いやられジワジワと自主退職を迫られて悲惨だ、という反論もあると思いますが、それでも解雇されないだけ②や③より恵まれているのは事実です。)

 

解雇規制の見直しはマイナス面ばかりではない

 それでは、総裁選で提起されている解雇規制の見直しは、こうした解雇の現実にどのような影響をもたらすでしょうか。

 まず河野太郎の公約である“解雇時の金銭補償ルールの整備”は、働く側の観点から考えると、①の大企業の正規社員にとっては、解雇のリスクが高まるというマイナス面があるものの、②の中小企業の正規社員にとっては、解雇された時に必ず金銭を受け取れるようになるというメリットがあります。

 次に、小泉進次郎の公約である“大企業の解雇規制の見直し”は、大企業が正規社員の解雇をする場合にリスキリング・生活支援・再就職支援を義務付けるという、“解雇の4要件”を大企業に限定して変更することを提起しています。

 当然ながら、これは①の大企業の正規社員にとっては、金銭補償ルールと同様に解雇のリスクが高まるというマイナスが大きいのですが、③の非正規社員で大企業で働く人にとっては、(能力が評価されて希望すれば)正規社員になれるチャンスが広がるというメリットがあるのではないかと思います。

 というのは、企業の経営の側からすれば、非正規社員を増やしたのは人件費という固定費を増やしたくないからですが、同時に、人手不足が深刻な中で、有為な人材はどんどん採用したいと考えています。つまり、大企業が正社員の解雇を行えるようになれば、それは非正規で頑張っている人にとっては、正社員に昇格できるチャンスが広がることにもなるはずです。

 ちなみに、こう書くと両氏の主張は①の大企業の正社員にはデメリットしかないように見えますが、最終的にはメリットもあるのではないでしょうか。

 そもそも、仕事が全くない閑職に追いやられても大企業にしがみつくのは、人生の過ごし方としていかがなものでしょうか。中年で閑職に追いやられたら、65歳までずっと仕事を頑張らせてもらえず給料も減るだけです。

それならば、リスキリングなどを積極的に受けて自分の強みを増やして、活躍できる場に移った方が人生も楽しいのではないでしょうか。中小企業やベンチャー企業の多くは人手不足で悩んでいるので、大企業での勤務経験ある人材は歓迎されるはずです。実際、リーマンショックの時に多くの家電メーカーが技術者をリストラしましたが、彼らは家電ビジネスを立ち上げつつあったアイリスオーヤマに採用され、そこで活躍でき、大企業の家電メーカーにいた頃よりもやり甲斐を感じられたそうです。

 

大企業の正規雇用は雇用者全体のわずか15%

 今回の総裁選に限らず、これまでも解雇規制の見直しが提起される度に、労働者いじめというステレオタイプな批判が怒涛のようにされてきました。しかし、以上のような捉え方もあるので、現実を踏まえて冷静に評価する必要があるのではないかと思います。

 その一助となることを期待して、これも意外と正しく認識されていない現実を紹介しましょう。今の日本で働く就業者数は6738万人で、ここから自営業者や企業の役員などを除くと、いわゆる労働者、つまり雇われて働く雇用者の数は5730万人です。

 この5730万人のうち正規雇用は3606万人、非正規雇用は2124万人ですが、正規雇用のうち大企業(1000人以上の企業)で働く人の数は904万人です。つまり、①の大企業の正規社員の数は労働者全体の15%に過ぎないのです。分かりやすく表にしてみましょう。

 

就業者数                                  6738万人

 自営業など                            671万人

雇用者数(役員を含む)          6067万人

 役員                                       337万人

雇用者数(役員を除く)          5730万人

 大企業の正規雇用                  904万人

 中小企業の正規雇用              2702万人

 非正規雇用                           2124万人

(出典:労働力調査(2023年、総務省))

 

 悪い言い方をすれば、この15%は、終身雇用で解雇もないという、雇用者全体の中で最も恵まれた階級とも言えると思います。わずか15%の恵まれた階級の現状を守るために(しかもそれが働く人にとって本当にハッピーであるか疑わしいのに)、野党やメディア、評論家などがこぞって大反対しているのを見ると、非常に違和感を感じてしまいます。

 いずれにしても、私は、総裁選という大事な場でこの難しい政策課題を提起した小泉進次郎と河野太郎の両氏は偉いと率直に思っています。これを契機に、政治は、大企業の正規雇用のみならず、中小企業の正規雇用や非正規雇用の人たちが直面する課題の解決にも取り組むべきではないでしょうか。

 

 

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。

 

 

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