自民党の総裁選が告示されました。9月27日の投票日まで、候補者による激しい討論が繰り広げられますが、誰が次の総理にふさわしいか、どのような観点から判断すべきでしょうか。
経済政策で”安心”と”挑戦”の環境を目指しているか
もちろん、主には各候補が主張する政策の中身で判断すべきです。特に保守の方々は夫婦別姓など政治思想に関わる政策を重視しがちですが、今回は是非とも経済政策を重視してほしいと思います。
30年に及ぶデフレで経済の競争力はすごく低下し、日本は本当に貧乏になりました。そのデフレがようやく終わり、今は日本経済を復活させる大事なタイミングです。強い経済は豊かな国民生活や安全保障の観点からも不可欠です。
だからこそ、各候補が主張する経済政策や改革の中身を精査することが、どの候補がベストかを考えるに当たって決定的に重要なのです。それでは、具体的にどのような政策が正しいと言えるのでしょうか。
日本経済を復活させるためには、二つの方向を目指す必要があります。一つは、経済をしっかりと”成長”させて強い経済を実現することです。多くの候補が社会保障を手厚くすると主張していますが、再分配を強化するためにも、経済を成長させてその原資を稼ぐ必要があります。
もう一つは、国民の”安心”を確立することです。国民の将来不安は大きいままです。物価上昇で生活が苦しくなり、現状の経済への不満も高まっています。これでは国民も前向きに頑張れないので、経済も元気になるはずありません。
そう、政治の役目は”成長”と”安心”の両方を実現することなのです。ただ、ここで大事なのは、どのような手法でそれを実現するかです。
まず”成長”については、多くの候補が財政出動(成長産業への政府投資)で実現すると主張していますが、これはダメです。経済を成長させる主体である民間企業が自力で生産性を上げて儲けを増やすことがメインとなるべきです。
それよりも財政出動を優先したら、民間企業は政府のカネに甘えて頑張りません。実際、過去30年政府はずっと財政出動を続けたけど、日本経済の生産性も潜在成長率も逆に低下しています。大事なのは、民間企業が自力で頑張る環境作りと財政出動をいかにうまくバランスさせるかです。
次に”安心”についても、多くの候補が財政出動で実現しようとしていますが、日本の借金の異常なレベルを考えると持続可能ではありません。むしろ、年金も医療も貧乏な現役世代が裕福な高齢者を養う構造になっているなど、制度面に問題が多いのですから、社会保障制度の改革と財政出動をうまくバランスさせる必要があるのです。
経済社会の理想的な姿とは
ここで、経済社会の理想的な姿を最も端的に表現していると私が考える、英国の著名な心理学者ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)の名言を紹介しましょう。
「人の人生は安心な場所から何度も大胆な挑戦ができる状態がベストである」
(”Life is best organized as a series of daring ventures from a secure base.”)
例えば、子供は家庭や親といういつでも戻れる安心な場所があるからこそ、外で色々な経験に取り組め、時には困難にも立ち向かって失敗も経験し、それらを通じて成長していきます。逆に、そうした安心な場所がない子供ほど、外でも新たな挑戦に尻込みしてしまいます。
経済や社会もまったく同じです。だからこそ、まず”安心”は絶対に必要ですが、それは永続的な形で実現しなければダメなのです。
そして、今がどん底の日本経済では、企業や国民がどんどん”挑戦”しないといけないのですから、政府が前面に出て投資ばかりして企業や国民をこれ以上甘え体質にしてはダメなのです。
裕福な家ほど子供を甘やかしてダメにしてしまうことが多いのは、皆さんご存知のはずですし、そうした家庭には皆さん批判的なはずです。ならば、政治に同じことを国家レベルでやらせてはダメです。
私は、多くの候補が成長戦略バラマキ、社会保障バラマキばかり主張しているので、非常に残念どころか腹立たしく思っています。
裏金問題でベストな現実解を目指しているか
ところで、政策の中身よりも裏金問題にどう対処するかが重要と考える人もいるでしょう。当然ですよね。それでは、この点について各候補の主張をどう比較すべきでしょうか。
裏金問題については、私自身、自民党の色んな方の話を詳しく聞き、かつ議論してきました。その結論として、理想的な解決は無理と実感しました。
となると、ベストな現実解を目指すしかありませんが、そこには二つの論点があると思います。
一つは、裏金議員にどこまでしっかり説明責任を果たさせるかです。裏金議員の大半は、派閥の上から政治資金としての処理が不要と言われて裏金を受け取ったのですから、”善意の第三者”とも言えます(甘いと言えばそれまでですが)。
問題は、では受け取った議員は、それを通常の政治資金と同様に適正に使ったのか(または処理不要という言葉に甘えて政治活動以外に私的流用したのか)、かつ、裏金が発覚した段階で事実を全て明らかにして説明責任も果たしたか、ということです。
この観点から考えると、メディアは裏金議員というと十把一絡げに扱い、裏金の金額が大きいほど悪いとの烙印を押しがちですが、現実は異なります。
実際は、裏金の金額は大きいけど、ほぼ全てを政治資金と同様に使っていて領収書などもあり、会見で詳細を報告して説明責任を果たしている議員もいれば、裏金の金額は少ないけどその大半が領収書もない使途不明金になっていて、未だに会見などもせず説明責任を果たしていない議員もいます。
要は、使途不明金と説明責任という二つのキーワードで整理すると、裏金議員にもかなりの濃淡があるのです。だからこそ、新総裁は裏金議員に徹底的に説明責任を果たさせ、かつ使途不明金を全体としてゼロに近づけるべきと思います。それが、真相の明確化に変わるベストな現実解ではないでしょうか。
もう一つは、説明責任を果たさせた次のステップとして、いかに自民党や政治のシステム改革をするかです。人によっては政策活動費の全廃などを主張していますが、各候補が政治資金の透明化をどこまで進めるつもりなのかが、当然ながら重要となるのです。
理屈っぽい話を長々と書いて申し訳ありません。ただ、メディアの報道は分かりやすいイシューかステレオタイプな分析ばかりなので、それでどの候補が良いかを考えては間違いかねません。なので、自民党員ではない多くの方も、メディアの浅い報道だけで満足せず、ぜひ候補者の論戦をじっくりと聞いてください。それが結果的に日本の将来を真剣に考えることになるのではないかと思います。
岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、RIZIN(格闘技団体)アドバイザー。専門分野は経営戦略、メディア/コンテンツ・ビジネス論、経済政策。元経産官僚、元総務大臣秘書官。元内閣官房参与。趣味はMMA、DT、VOLBEAT、NYK。